ゆーら博物館〜アトリエ・俺屍ファンサイト〜

 

「...その薬、なんとか作れないかしら?」

マルローネが、ふと呟いた。

予想もしなかった発言に、クライスはぎょっとした。

「マルローネさん、言ったでしょう、成功例は数えるほどしかないって。うちの校長でも作れるかどうかわからないほどの秘薬なのですよ。それをあなたがどうやって...!」

「無理かもしれないけど、だからってじっとしてなんかいられないわ!! クライス、あなたは親友がひどい病気なのに放っておくことができるの!? それに、あたしだっていつまでも落ちこぼれじゃないわ...!!」

マルローネはクライスを睨みつけた。その視線で刺し殺すつもりかのように。

 

しかしクライスは、その眼の中に今までの彼女に見たことのない何かを見つけた。だからこう言った。

「そうですね。何もしないよりは、何か努力してみるほうがマシですね。わかりました、私も手伝いましょう。文献を片っ端から調べれば、調合法の手がかりくらい見つかりますよ、きっと」

「クライス...?」
マルローネは、不思議そうにクライスの顔を見た。クライスが手伝ってくれるなんて、自分は夢を見ているのかと思ったのだ。もっとも、シアの病気が悪化していること自体が悪夢のようであったが。

「不本意ながら、友達の病気を放っておけないというのには私も賛成だからですよ、マルローネさん」

言うクライスの顔に浮かんだ笑みは、いつも通りの皮肉げなものであったが。

 

マルローネはシアの枕元にひざまづき、そっと言った。

「シア、とにかくその薬、作ってみせるわ。時間はかかるかもしれないけど必ず」

「私たちが、です」とクライス。

「ありがと...。わたし、待ってるわ...」

シアは、その気持ちだけで十分嬉しいわ、と思いながら眠りに落ちた。

 

***

 

「そう、クライスがそんなことを...。あの子が進んで人助けをするなんて、今まではちょっと考えられなかったものね。我の強い子だから。これもあなたの作ってくれた薬のおかげね」

クライスの姉、アウラ・キュールは、嬉しそうにマルローネに語った。

シアが倒れたその日、クライスはさっそくアカデミーの図書室にこもった。

マルローネもそうしたかったのだが、アイテム作りの依頼を受けていたので、それをまず片づけなければならなかった。次の日の夕方、マルローネはアカデミーで働いているアウラに事情を話したのだ。

 

以前にアウラは、弟のために「性格を穏やかにする薬」を作って欲しいと頼んだことがあった。

その時マルローネが届けた薬と関係があるのかどうか、最近クライスはちょくちょくマルローネの工房に遊びに来るようになっていた。もっとも、マルローネには、性格が変わったようには思えなかったのだが。

それが今、マルローネとシアの窮地を救う手伝いをするという。この展開には、アウラだけでなくマルローネも信じられない思いだった。

 

「それでアウラさん、エリキシル剤のことなにか知ってますか?」

「残念だけど、クライスが知っている以上のことは私にもわからないわ」

アウラは、申し訳なさそうに答えた。

「そうですか...。では失礼します。あたしも図書室に行かなくちゃならないから」

マルローネが図書室に向かったそのとき、クライスがそこから転がり出てきた。彼はマルローネに気づくと、手にしたメモを示して一気にまくしたてた。

「ありましたよ、マルローネさん。これがエリキシル剤の調合法です。本から書き抜いてきました。材料をそろえるのはそれほど苦労しなくて済みそうですが、作業がかなり細かいですよ。でもなんとかなるかもしれません!」

「すごいわ、クライス! これでシアが治るのね!!」

メモを震える手で受け取り、マルローネは喜びを露わにした。

 

「さあ、工房へ急ぎましょう...」

先に立って歩き出したクライスが突然ふらついた。かがみ込んだその顔は真っ青だった。

「クライス!? あなたまで病気なの?」

「...ただの寝不足ですよ。行きましょう」

何でもない、と言いたげな調子でクライスは答えたが、マルローネはアウラと顔を見合わせた。

 

「少し休まなくてはならないわ、クライス。あなた昨日は寝ていないんじゃないの?」

「そうよ、どうせ材料をそろえるまで少しかかるし、そんなふらふらなままで来られてもこっちが困るわ」

ふたりして、クライスを止めようとする。彼は、ふっと頬を崩した。

「よもやあなたに足手まといにされるとは...。でもその通りですね。いいですか、私が行く前に調合を始めたら承知しませんよ」

「はいはい、クライスも、しっかり休んでから来るのよ。でなければ追い返すからね!」

マルローネは、少なくとも言葉は厳しく言い放った。

 

アウラはマルローネが工房に向かうとき、クライスには聞こえないようにそっとマルローネに言った。

「本当に、クライスは変わったわ。あなたのおかげね、マルローネさん」

それだけかしら。イヤミに効いた薬は他にあったんじゃないかしら。マルローネはそう思いながら家路を急いだ。

 

***

 

エリキシル剤の調合が始まった。とはいえ、最初の数日は材料にするアイテムを作ることに費やされた。

しっかり休養をとったクライスは1日遅れて合流し、材料のミスティカティやアルテナの傷薬をマルローネと手分けして調合した。

数日たつと、マルローネと親しくしている冒険者たちが『なにやら難しい調合をするらしい』という噂を聞きつけ、代わる代わる工房にやってきては励ましたり、足りない材料を持ってきたり、細々とした用を足したりして応援した。

 

材料の調合も、比較的難しかったり、手間のかかったりするものが多かった。

マルローネは「どこが『材料をそろえるのにはそれほど苦労しない』よぉ」と、ぼやいていた。

それでも10日余り経ったところで一通り材料がそろった。

アウラの差し入れてくれた特製ワインで疲れを癒し、1日休息をとってから挑戦が始まった。

 

作業は、マルローネがこれまでやってきた調合とは比べものにならないほど精密さをきわめた。工程のそれぞれで、細かい手順や目標とする状態が決まっていて、少しでもそれから外れると薬効が落ちるという。マルローネにとっては忍耐の日々が続いた。

作業はマルローネとクライスが交代で行った。

調合の合間にクライスはアカデミーの寮に戻って休み、マルローネはシアの家に見舞いに行った。作業の進み具合を報告すると、シアは二人の努力を心から喜び、また二人の体調を気遣った。

シアの家から戻るたび、マルローネの心は使命感に駆り立てられていった。

 

***

 

調合は...失敗した。シアが倒れてから1カ月近く経っていた。これまでになく気合いが入っていただけに、マルローネの失望は大きかった。

こんなに真剣に頑張っても、やっぱりダメなものはダメなのか。マルローネはそうこぼした。クライスはそんな彼女を叱った。

「あなたが決してあきらめないだろうと思ったから、私も手伝う気になったのです。何度でも、完成するまで挑戦するのではなかったのですか?」

クライスは3日間休みにすると勝手に決め、「3日後にはやる気を取り戻していてくださいよ」と言いおいて帰っていった。

 

***

 

調合を中断している間に、マルローネは、イングリド先生を訪ねた。

「話は聞いているわ。エリキシル剤に挑戦するなんて。でもあなたの立場なら、わたくしもそうするでしょうね」

イングリドは、いつもの落ち着いた調子で言った。マルローネの予想に反して、「馬鹿なことをする」と一笑に付したりはしなかった。

「先生。あたし、頑張ったんです。調べたとおりに、今までにないくらい集中して作ったんです。クライスもいたし、作業に間違いはなかったはずです。でも...できないんです」

語るマルローネの声は震えていた。涙が床を濡らしていた。

 

イングリドは、静かな声で語った。

「マルローネ。あなたは、錬金術が魔術であることを忘れているのではないですか? 魔術とは、精神の力。意志の力なのです。型をなぞることばかりに気を取られていては、わたくしたちは何も生み出すことができないのです。...この話は、入学して間もない頃にしたはずよ?」

「意志の、力...」

マルローネはイングリドの言った言葉をゆっくりと繰り返した。

「友達を助けたいのでしょう? その気持ちを大事になさい。あとは、実行あるのみです。...少し、ヒントを出しすぎたかもね」

ふっと軽く微笑んだイングリドだが、すぐにその表情を消し、左右の色が違う神秘的な目で教え子の顔をじっと見た。