1時間後。
ようやく落ち着いたアイゼルとエリーは、マルローネの研究室にいた。
「あれえ、おかしいなあ・・・。こんなはずは、ないんだけどなあ」
元気よくピンと立った2組の猫耳を前にして、マルローネは腕組みをして考え込んでいる。しかし、難しい顔をしようとしても、後輩のかわいらしい姿に目をやるたびに、顔が自然にほころぶのを抑え切れない様子だ。
「とにかく、早く治してください! マルローネさんの育毛剤が原因だということは、明らかなんですからね! ああ、これじゃあ恥ずかしくて人前にも出られないわ」
アイゼルがまくしたてる横で、エリーは自分の頭に手をやり、そこに生えている猫耳を不思議そうに引っ張ったりつついたりしている。
「でも、けっこう可愛いよね、これ。あたしは好きだなあ」
能天気なエリーの言葉に、アイゼルはきっと振り向き、
「じゃあ、あなたは一生、猫耳錬金術師でいればいいでしょ! あたしはごめんですからね!」
言葉を切り、再びこみ上げてきた涙をぬぐう。
マルローネも困ったように、
「ま、まあ、とにかく落ち着いて、考えてみようよ。ね」
とアイゼルをなだめる。
その時、ドアがノックされ、参考書をかかえたクライスが入ってくる。
「きゃっ、いや!」
あわてて両手で頭を隠すアイゼル。
「なによ、クライス、レディの部屋へいきなり入ってくるなんて、失礼じゃない」
抗議するマルローネを無視して、クライスはつかつかと後輩たちに歩み寄ると、エリーの髪から突き出した猫耳をしげしげとながめた。
「なるほど、これがそうですか。非常に興味深い現象ですね」
そして、いくぶん柔らかな口調になって、
「アイゼルさん、そんなに恥ずかしがることはないですよ。わたしは、冷静な研究者の目でしか物事を見はしません。それに、問題児が引き起こした騒ぎを収めるのは、わたしの義務のようなものです。話は聞きました。後は、情報を集めて解決の方法を考えるだけです」
いったん言葉を切ったクライスは、マルローネに向き直る。
「さてと・・・。それでは、あなたのレシピを聞かせてもらいましょうか。この現象を引き起こしたあなたの育毛剤とやらは、どのような材料で作ったのですか」
「それは・・・」
口ごもるマルローネ。しかし、やがて小さくため息をつくと、作業台の上から紙の切れ端を取り上げ、
「わかったわ。秘密にしておきたいところだったけれど、あたしひとりでは解決できるかどうかわからないしね。でも、手がかりになるとは思えないわ」
と、クライスに渡す。クライスは受け取った紙切れをじっと見て、
「相変わらずきたない字ですね。どちらが上かわかりませんよ。・・・あ、こっちが上ですね。ふむふむ・・・。マルローネさん、本当に、これで間違いないのですね」
マルローネはうなずく。エリーもアイゼルも、クライスの手許の紙をのぞき込んだ。
「ええと、ズユース草に、竹に、祝福のワイン、それに植物用栄養剤?」
「何のことはない材料ね。この材料で、なんでこんなことになるのかしら」
顔を見合わせて考え込むエリーとアイゼル。ふたりが頭を動かすたびに、猫耳もぴくぴくと動く。それをじっと見ていたクライスは、
「ちょっと失礼」
と、エリーの頭に手を伸ばし、猫耳にそっと触れる。
「エルフィールさん、触られると、どんな感じがしますか?」
「ええと、ちょっとくすぐったいような・・・。あ、でも、直接感じるんじゃなくて、頭の皮を通して感じるような・・・」
「では、これでは?」
と、指先でつまんだ猫耳を軽く引っ張る。
「あ、ちょっと痛いよ。髪の毛をまとめて引っ張られるのと同じような感じ」
「なるほど」
手を放したクライスは、しばらくあごに手をあて、目を閉じて思案していた。
やがて、目を開くと、眼鏡の位置を整え、
「マルローネさん、ひとつ質問があるのですが」
と、マルローネを見やる。
「これらの材料は、どこで手に入れたものなのですか」
「ええと、植物用栄養剤は、この前、生きてるホウキを作った時に調合した残りで、祝福のワインはアカデミーのショップで買ったよ。それから、ズユース草と竹は、『竜虎の森』で採取してきたばかりのものを使ったけれど」
返事を聞くと、クライスは大きくうなずいた。
「どうやら、謎が解けてきたようです」
一息おいて、
「ただし、いくつか確かめておきたいことがあります。午後には戻りますから、それまで待っていてください」
足早に出て行くクライス。