ゆーら博物館〜アトリエ・俺屍ファンサイト〜

翌朝。

一晩ぐっすり眠ってすっかり元気を取り戻したマルローネは、採取かごを持って中庭に出た。

「おっはよ〜、クライス」

ベンチに腰掛けて参考書を読みふけっているクライスに気付くと、弾むような足取りでそちらに向かう。

「おや、懺悔の儀式は終わったのですか。アカデミーの貴重な蔵書を傷つけたりはしなかったでしょうね」

顔を上げるなり辛辣な言葉をかけるクライスだが、マルローネの上機嫌は崩れない。

「へへ〜んだ、今日はこれから材料採取だもんね。材料が揃ったら・・・あ、ここから先は内緒。クライスをびっくりさせてあげるから」

マルローネは、書庫で見つけたノートに記された調合法をさっそく試してみる気になっていたのだが、それ以上は口にしない。

クライスはいぶかしげな表情をしたが、話題を変える。

「そう言えば、聞きましたか。ザールブルグ・アカデミーから、マイスターランクの優秀な学生が何人か、研究のために近々こちらに来るそうですよ」

「え、じゃあ、きっとエリーやアイゼルも来るかな。これは、ますます楽しみになってきたわね。じゃあね、クライス」

マルローネは足取りも軽く、ケントニスの街を見下ろすように生い茂っている、通称『竜虎の森』に向かった。

 

1週間後、カスターニェ航路の定期船がケントニスに入港し、錬金術服に身を包んだふたりの少女が降り立った。オレンジ色の錬金術服に栗色の髪、栗色の瞳のエルフィールと、ピンクの錬金術服にエメラルド色の瞳のアイゼル。

ふたりとも、ケントニスのアカデミーを訪れるのは2回目だが、一緒に来るのは初めてである。

「わあ、久しぶり。2年ぶりだけど、マルローネさんたち、元気かなあ」

エリーは大きく深呼吸すると、待ち切れないかのようにアカデミーに向かう上り坂を歩き始める。

「エリーったら、ちょっと待ちなさいよ。アカデミーは逃げやしないわよ。・・・もう、ほんとに元気なんだから」

アイゼルがあわてて後を追う。

肩を並べて歩きながら、

「この前来た時は、あたしは一晩で帰ってしまったから、街並みもゆっくり見ていないのよ。少しは寄り道してもいいんじゃなくて?」

「街だったら、後でいくらでも歩けるよ。それより、早くマルローネさんに会いたいんだよ。あの時から、これだけ成長しましたって言いたいし」

「それは、あたしも同じだわ。マルローネさんに会えなかったら、あたしはマイスターランクにいなかったかも知れないもの。わかったわ、早く行きましょ」

ふたりは、路地を走る二匹の元気な子猫のように、アカデミーへ急いだ。

 

ケントニス・アカデミーの由緒ある建物は、今回も包容力のある父親のようにふたりを迎えた。

イクシーに案内され、寮棟に部屋を与えられると、ふたりは研究棟に向かった。マルローネの研究室の前で、立ち止まる。

「あら、どうしたのかしら、これ」

アイゼルがいぶかしげな声を上げる。

ドアの脇の壁には崩れた痕があり、板でふさいである。

「何だろう。以前、あたしがイングリド先生の部屋のドアを壊しちゃった時と似てるなあ」

エリーが妙なことを思い出している。

それはともかく、研究室のドアには、乱暴な字で書かれた貼り紙が貼られている。

『マリーの研究室。ただいま調合中、入室を禁ず(特にクライス)』

エリーとアイゼルは、顔を見合わせる。

「どうしよう」

「でも、調合の邪魔をしちゃ悪いし、夜にもう一度来ることにしない?」

「そうだね」

その時、目の前のドアが開いた。額にかかった金髪をかきあげたマルローネが、青い目を丸くする。

「あら・・・あなたたち、いつ来たの?」

「マルローネさん!」

不意を打たれたエリーもアイゼルも、叫んだきり、言葉が続かない。そんなふたりにマルローネは、

「ま、いいわ。それより、ちょうど良かった。さあ、入って入って」

と、後輩ふたりを研究室に導きいれる。

相変わらず、研究室はアイテムのかけらや参考書の切れ端が散らばり、足の踏み場もない。アイゼルは眉をひそめたが、何も言わない。エリーの工房がこんな状態だったならば、きつい一言が出るところなのだが。

ふたりに椅子を勧めると、マルローネは作業台の上から小ぶりな薬びんを取り上げる。

「さ、ふたりとも、頭を出して」

有無を言わさぬ口調に、思わず従うエリーとアイゼル。その栗色の髪に、マルローネは薬びんの液体を2、3滴ずつ振りかけた。

「冷たッ」

「な、何なんですか、これ」

いぶかるふたりに、マルローネは得意げな笑みを浮かべて、

「ふふふ、あたしが調合したばかりの『育毛剤』よ。オリジナルのレシピだから、出来具合はどうかと思ってね。誰かで試してみたかったのよ」

「ええっ!」

「ひどおい、あたしたち、実験台ってことですかあ」

抗議するふたりに、マルローネは動じることもなく、

「大丈夫よ、怪しい材料は使ってないし、たとえ失敗作だったとしても、何も起こらないだけだと思うから」

「成功してた時に、何が起こるかの方が心配だよ・・・」

小声でつぶやくエリー。自分が調合した育毛剤をつけた時の武器屋の主人の姿を思い出し、不安が心をよぎる。

「ま、明日の朝が楽しみだね」

と、にこにこしているマルローネに、

「楽しみなのは、マルローネさんだけでしょ。ああ、なんだか頭がむずむずする」

顔をしかめるアイゼル。

「それじゃ、研究室の後片付けがあるから、また明日ね。長旅で疲れているだろうから、ゆっくり寝た方がいいよ」

愛想よくふたりを送り出すマルローネ。きつねにつままれたような気分で、エリーとアイゼルは宿舎に向かった。

夕食もそこそこに、部屋へ戻ると無言でパジャマに着替え、隣り合ったベッドに入る。

夜中を過ぎ、静かな寝息を立てるふたりを、窓からカーテン越しに差し込む月の光が照らす。その頃、マルローネの特製育毛剤が、静かに効果を現わし始めていた。

 

早起き鳥のさえずりが、中庭からかすかに聞こえてくる。

朝日が差し込む中で、アイゼルは目覚めた。

「う、う〜ん」

上半身を起こし、大きく伸びをする。昨日まで、定期船の狭い船室で、浅い眠りの日々が続いていただけに、昨夜は久しぶりにぐっすりと眠れた。気分もすっきりしている。

隣のベッドでは、エリーがまだ夢の世界に遊んでいる。横を向いて身体を丸め、まるで大きな子猫が眠っているかのようだ。こちらを向いた栗色の髪の中から、茶色の毛に覆われた三角形の突起がふたつ突き出しているから、余計に子猫を連想するのだろう。そんなことを考えながら、ぼんやりとエリーの寝姿をながめていたアイゼルが、はっと目を見張る。

「なに、これ・・・」

目をこすり、何度かまばたきをする。そして、窓辺に駆け寄り、カーテンを大きく開け放つ。今までうすぼんやりとしか差し込んでいなかった日光が大きく差し込み、室内を明るく照らし出す。再びエリーの方を見やり、じっと顔を近付けていく。

「やっぱり、夢じゃないわ・・・」

そっと指を伸ばす。エリーの髪の毛の中から間をおいてふたつ並んで生えている「それ」は、ほぼ正三角形をしており、全体を短い茶色の毛が覆っている。つまり、見るからに猫の耳にそっくりなのだ。2、3度ためらった後、恐る恐る指先で触れてみる。毛並みは柔らかく、ビロードのように手触りがいい。そして、暖かかった。

「エリー、エリーってば。ちょっと、起きなさいよ。寝ている場合じゃなくてよ!」

エリーを揺り起こそうとしたアイゼルが、身体を硬くする。もうひとつの可能性に気付いたのだ。

「まさか!」

ためらいつつ、自分の頭に手を伸ばす。そっと手のひらを下ろしていくと、髪に触れる前に、毛に覆われた突起が指先をつついた。震える手で、手鏡を取り出し、顔の前にかざす。ふっくらとした形のいいくちびるに、真っ直ぐ通った鼻筋、細めの眉と大きく見開かれたエメラルド色の目が、鏡の中からアイゼルを見返す。視線を上に移していくと、わずかに寝乱れた栗色の髪の中から、薄茶色をした猫耳がふたつ、ちょこんと突き出しているのが目に入った。

「いやあ〜〜!!!」

心の中で糸がぷつりと切れ、アイゼルは絶叫した。

その声で、エリーが目を覚ます。

「ふにゃ?」

のろのろと半身を起こし、目をこすると、寝ぼけ顔でアイゼルをじっと見る。

「あれぇ、アイゼルが猫ちゃんになってるぅ・・・。かわいいね、その耳・・・。あたしもほしいなあ」

とろんとした目でつぶやくエリーを、アイゼルは揺さぶり、叫ぶ。

「あなたにだって、しっかり生えてるわよ! とにかく、ちゃんと目を覚ましてちょうだい! ああ、もう、誰か、助けてぇ〜〜!!」