ゆーら博物館〜アトリエ・俺屍ファンサイト〜

第3章   ミケネー島の昼食

「え? 1ヶ月後ですって!?」

アイゼルが愕然として問い返す。カウンターの向こうから、宿屋『船首像』の主人ボルトが、落ち着いた口調で答える。

「ああ、そうさ。ケントニス行きの定期船は、月に1便だけだ。昨日、出港したばかりだからな。あと1月は待ってもらわないとな」

「そんな・・・困るんです。わたし、すぐにでもエル・バドールへ行きたいの。1ヶ月もこの町で足止めされるなんて、がまんできないわ。ねえ、お願い、なんとかしてくださらないかしら」

馬車がカスターニェに着いたのは、今朝のことだ。到着すると、アイゼルは一休みする間も惜しんで、ミューに教えられた、町で唯一の酒場兼宿屋である『船首像』にやって来たのだ。しかし、そこで得られたのは、ケントニス航路の定期船が出たばかりだという情報だった。

困り果てたアイゼルを見て、考え込む表情になったボルトは、

「そうは言ってもな。あとは、誰か、あんたを乗せて行ってくれる船乗りを見つけるしかないな。だが、今はちょうど沖合いに魚の群れが押し寄せる季節だ。漁師にとっては一番の稼ぎ時さ。だから、この時期、空いている船を捜すのは難しいな」

「・・・・・・」

「ま、とにかく港を回って、ひとりひとり当たってみることだな。だめでも、気を落とすなよ。うちに泊りたかったら、部屋はいつでも空いているからよ」

アイゼルは肩を落とし、『船首像』を出た。

ミューは、いない。護衛としての契約は、カスターニェに到着するまでの約束だった。ミューは、ここから海岸沿いに、南の方へ向かうつもりだと言っていた。

ザールブルグに比べて、日差しがまぶしい。風に乗って潮の香りが漂ってくる。しばらく、その場にたたずんでいたアイゼルは、やがて顔を上げた。固い決意が表情に現れている。

「負けるもんですか。きっと、誰かいるはずよ。わたしを連れていってくれる人が・・・」

アイゼルは、しっかりした足取りで、港の桟橋の方へ向かった。

 

「ふう・・・」

夕方の桟橋に腰をおろし、夕日に真っ赤に染められた海面を見やりながら、アイゼルは大きなため息をついた。

すべては、無駄足だった。一日中、足を棒にして、船から船へと尋ねて回ったが、返って来るのは断りの言葉ばかりだった。

「冗談じゃない、この忙しい時に・・・」

「俺たちは、この季節に収入の半分以上を稼ぐんだぜ。その大事な時期に、ケントニスくんだりまで行っていられるか」

「冬になりゃあな、いくらでも連れてってやるぜ。だが、今はだめだ」

「あんた、けっこう美人じゃねえか。うちのせがれの嫁に来てくれるんなら、話に乗ってやらんこともないぜ・・・」

漁師たちが、自分の仕事を大事にしているのは、わからないでもない。しかし、アイゼルは思い通りにならないことがもどかしかった。一刻も早く、エル・バドールへ行きたい。そして、エリーが見たもの、感じたことを自分でも体験したい。

(彼女に勝ちたいのなら、敵を知ることからはじめなさい・・・)

ヘルミーナの言葉がよみがえってくる。

(いけない・・・このままだと、また泣き出してしまいそう。今日のところは宿屋に泊って、明日、もう一度頼んでみよう)

マントの埃を払って、立ち上がろうとした時、背後から声がかかった。

「よう、どうしたんだい?」

振り向くと、よく日焼けした肌に青い目をした、アイゼルよりやや年かさの娘が立っていた。地元の漁師の娘だろうか。

「あ、あたしはユーリカ。ユーリカ・イェーダっていうんだ。あんた、その服装から見ると、錬金術師だろ?」

「え、ええ・・・。わたしは、アイゼル・ワイマール」

「そういや、あんただろ? 昼間、カスターニェ中の船を訪ね歩いて、ケントニスに行きたいってわめいてたっていうのは」

「わめいてたなんて・・・。ずいぶんとごあいさつね。それが、この町の人たちの歓迎の仕方なのかしら」

いささかむっとして、アイゼルはいつもの口調で言い返す。だが、ユーリカは笑って、

「ははは、良かった。元気が出てきたみたいじゃないか。さっき、後ろ姿を見てたら、今にも海に飛び込むんじゃないかと思うくらい、寂しそうだったけどさ」

「そ、そんなこと・・・」

ユーリカが、自分を元気付けようとしてくれていたことに気付き、アイゼルは口ごもる。ユーリカは、アイゼルに顔を近付け、

「乗せて行ってやろうか、ケントニスに?」

「え? あなたが・・・?」

「ははは、信じられないって顔してるね。これでも、れっきとした船乗りなんだよ。ちゃんと、自分の船も持ってるんだ。もっとも、父さんが早くに死んじゃったからなんだけどさ。ただ・・・」

「ただ?」

「1週間、待ってほしいんだ。明日から、他の錬金術師をミケネー島まで連れて行く約束が入っちゃっててさ。そこから帰って来たら、すぐケントニスに向かって船を出してあげるよ。それでどうだい?」

意外な申し出に呆然となっていたアイゼルは、ただうなずくだけだった。

「よし、決まった。じゃ、1週間後の夜明けに、この桟橋で待ってておくれよ。それじゃ」

背を向け、歩み去ろうとするユーリカに、はっとわれに返ったアイゼルが声をかける。

「ま、待ってちょうだい。さっき、他の錬金術師って言ったわよね。ミケネー島へ連れて行くっていう・・・」

「ああ。ケントニスのアカデミーから来た人でさ。どうしても、ミケネー島でこの季節にしか取れない絶滅寸前の実がほしいって言ってね。それがどうしたんだい?」

考えるよりも早く、言葉がアイゼルの口をついて出た。

「わたしも、一緒に連れて行ってくださらないかしら? お願いよ」

振り向いたユーリカが、目を丸くする。

「そ、それは構わないと思うけど。でも、どうして?」

「とにかく、行きたいの。いいわね」

ケントニスから来た錬金術師・・・このことだけで、アイゼルの心は沸き立っていた。これが、神様の引き合わせでなくて、何であろう。この出会いは、きっと彼女に何かをもたらしてくれるに違いない。