ゆーら博物館〜アトリエ・俺屍ファンサイト〜

第2章  カスターニェ街道にて

アイゼルは、中央通りを真っ直ぐに進み、ザールブルグの外門に向かった。

職人通りへ通じる路地の向こう側に、エリーの工房の赤いとんがり屋根が見え隠れする。アイゼルはそちらを見ないようにしながら、石畳の道を踏みしめて歩いた。

心の中では、まだヘルミーナの言葉がこだましている。

(エル・バドールへ行きなさい・・・)

そこは、ヘルミーナや、エリーとノルディスの師であるイングリドの生まれ故郷だと聞いたことがある。また、そこは錬金術の発祥の地でもあるのだ。ザールブルグのはるか西、大洋を越えた先に、その大陸はあるという。

そして、たしかにエリーは今年の春、そこへ行っていた。卒業までわずか半年という大事な時期に、3ヶ月もアカデミーを留守にするとは、なんてばかなことをするのだろう、と当時は思ったものだった。それに、その間はノルディスを独占できるのだから、エリーの不在は大歓迎だったのだ。

しかし、エリーがその3ヶ月で何をし、何を見たのか、これまで考えてみたことはなかった。

(確かめてみよう・・・。何があったって、どうせ、もう失うものはないんだし・・・)

いささか自嘲気味に、アイゼルは心の中でつぶやいた。

 

エル・バドールへ行くには、まず西の港町、カスターニェへ行く必要がある。そこから、船で渡るのだ。カスターニェへは、ザールブルグから馬車が出ている。歩いても行けないことはないが、時間がかかるし、途中の道筋には山賊や魔物が出没するので、とても危険だ。

外門を出たところに、乗り合い馬車の停車場がある。折よく、早出の馬車が出発しようとしているところだった。

「待って、乗せてちょうだい!」

アイゼルは駆け寄り、ステップに足を掛けると、転がり込むように乗り込む。次の瞬間、御者の鞭が入り、馬車はのろのろと動き出した。

片隅に隙間を見つけて腰を下ろすと、ほっと一息ついて、アイゼルは薄暗い車内を見回す。朝早いせいか、馬車の中はさほど混み合ってはいない。荷物の山に埋もれるようにもたれかかっている旅の商人や、楽器を大切そうに抱えて居眠りしている旅芸人。剣を支えにし、マントを体に巻きつけるようにしてうずくまっているのは、さすらいの冒険者か。幼い頃から、自家用の豪華な仕立て馬車にばかり乗ってきたアイゼルには、物珍しい光景だった。

しかし、それも束の間。前夜からの緊張が解け、馬車のリズミカルな揺れに体を任せているうちに、アイゼルは眠りの世界へ落ちていった。

・・・ノルディスが微笑んでいる。ノルディスはアイゼルの手を握りしめた。期待に胸をときめかすアイゼル。だが、ノルディスは手を放すと、別れを告げるように右手を振った。そして、ゆっくりと背を向け、歩み去る。その先には、オレンジ色の錬金術服をまとった小さな姿。ノルディスはエリーに歩み寄ると、そっとその体に腕を回し、そして二人は・・・。

「いや! やめてぇ・・・!」

自分の声に、アイゼルは目覚めた。

一瞬、自分がどこにいるかわからず、周りをきょろきょろと見回す。とがめるようににらんでいる中年の商人と目が合い、思わず目を伏せる。と、横から、

「いったあ〜い。ひどいじゃない!」

と、女性の声。振り向くと、浅黒い肌に銀色の髪をした若い女性が右の頬を押えている。いでたちを見ると、すりきれたマントに長剣という、冒険者姿だ。アイゼルの、無意識に振り回したらしい左手に、何かがぶつかった感触が残っている。

「あ・・・。ご、ごめんなさい」

素直に頭を下げたが、心の中は不安が渦巻いていた。相手がたちの悪い冒険者で、因縁でもつけられたらどうしよう・・・。 だが、相手は白い歯を見せてにっと笑い、のんびりした明るい口調で答えた。

「いいよ。わざとじゃなかったみたいだし・・・。あれえ? あなた、確か、アカデミーの・・・」

「はあ?」

「確か、エリーの友達だよね? 名前は思い出せないけど。あははは」

アイゼルはあっけにとられた。こんなところでエリーの名前が出るなんて・・・。いや、それより、この人、誰・・・?

「あ、あの、失礼ですけど」

「あははは、ごめんね〜。あたしはミュー。エリーとは、時々一緒に冒険してたんだ。でも最近、ザールブルグにも飽きたんで、カスターニェへでも行ってみようかと思ってさ。ところで、あなた、錬金術師でしょ? なんでこんなところにいるのさ」

「よ、余計なお世話よ。ほっといてちょうだい」

「あれえ、ご機嫌斜めなんだ。でも、カスターニェ街道を一人旅ってのは、危ないよ。特に、山越えにかかると、山賊や狼が集団で襲ってくるからね。いざ戦闘になったら、みんな自分の面倒をみるのに精一杯になっちゃうんだから。よかったら、あたしを護衛に雇わない? 安くしとくからさ〜」

ミューは、アイゼルの気分におかまいなしに、べらべらとしゃべり続ける。

(ま・・・。なんて図々しいのかしら)

そう思ったアイゼルだったが、自分の力では、魔物に襲われた時に頼りにならないことは、過去の経験からよくわかっている。ノルディスやエリーと採取に出かけた日々を思い出すと、先ほどの夢の記憶がよみがえり、アイゼルは思わずくちびるを噛んだ。

「いいわ。雇ってあげる。感謝してよね」

「やっほ〜、よろしくね〜。・・・あれ? あなた、名前、何だっけ?」

あきれていやみも言えないアイゼルだった。