錬金術に有用な成分をたっぷり含む湖水を水袋にどんどん詰め、採取カゴに放り込んでいく。
「さ、もういいでしょう。帰りましょう」
クライスは採取カゴを背負った。一方マルローネは、自分の採取カゴをのぞき込んで首をかしげた。
「あれ、こんなに少なかったっけ?」
「私が半分ほど持っていますから」
マルローネはクライスのカゴに手をかけ、中をのぞき込んだ。
「そっちの方が多いじゃない」
ひょっとして親切? マルローネのその考えは即座にうち砕かれた。
「私が持つ方がいいでしょう。あなたがこれだけ持っていたら、身体がますます重くなりますよ。ただでさえ歩くのが遅いのに、余計に遅くなります」
「...あーっ、体重のこと言ったわね! 気にしてるのに!」
マルローネは、痛いところをつかれて過剰に反応した。決して肥っている訳ではないのだが、豊かな体型をしている故に、本人は少々体重を気にしている。
「別に体重のことを言ったつもりはないのですが...」
眼鏡の鼻の部分を押さえて言うクライスの口調には、明らかに笑いが含まれていた。
「嘘ばっかり!」
「さ、日が暮れてしまいますよ。早く」
思わず振り上げられた拳を避けるような身ごなしで身体の向きを変え、クライスは来た道を戻りはじめた。その後に、むくれた表情のままのマルローネが続いた。
「ねえ、あたしの話を聞いたんだから、今度はクライスの番よ」
「え? 何がです?」
かなり暗くなった林の中、クライスはランプに灯を入れた。
「なぜ錬金術士を目指すのか」
二人はまた歩き出した。
「...それは...この私の優秀な頭脳を、ただ遊ばせておくのはもったいない話でしょう?」
「あっ、そう!」
聞くんじゃなかった! ふざけた答えにマルローネは腹を立てた。周りが十分に明るければ、腹立ち紛れに、彼を置いてずんずん先を急いだに違いない。
「...そうですね...最初はやはり、姉の影響でしょうか...」
しばらくの間をおいて、クライスはぽつりと言った。
「ん? 何?」
「先ほどの話題です。錬金術士を目指す理由」
「ああ...じゃ、さっきのふざけた答えは?」
「冗談に決まってるでしょう」
くすっと笑い、クライスは話し始めた。
「姉がアカデミーの1期生でしたからね。影響を受けるのは当然でしょう。姉の使った本を読んでいて、いつの間にか暗唱さえするようになったんです。いつか、休みの日に姉が持ち帰ったレポートに修正を入れたときは、ひどく怒られましたっけ」
それはそうだろうな、とマルローネは思った。年の離れた弟にレポートを添削されるなんて、姉のメンツというものが立たないだろう。
「姉はもちろん、自分が作ったとおりのものを清書して提出したようですが、私の修正が入ったものを父がこっそり、先生に見せたそうです。それが何だか気に入られたようで、もう少し大きくなったらぜひアカデミーに入学するように、と薦められました。
もちろん、その頃には錬金術への興味が十分に育っていましたから、薦められなくても私はアカデミーに入るつもりでしたけれど。
今は、知識を蓄えるのがとても楽しいですね。まだまだ、知りたいこと、知らなければならないことは山ほどあります。知識の追究、これが、私が錬金術士を目指す理由です」
「へえ...そうなんだ」
マルローネは好奇心に目を輝かせて語る彼の顔に少し見とれた。
自分も錬金術に興味を持っているつもりだが、日々の生活を維持するのに必死で、いつの間にか学問に対する純粋な喜びを失っていたような気がしてきた。
クライスはその喜びをよく知っている。何だか少し、うらやましかった。
しばらくしてから、マルローネは新しい話題を出した。
「それにしても何だか、姉さん姉さんばっかりなのね。今日だってもとはアウラさんの言うことを聞いてここにいるわけだし。クライス、あんたってひょっとしてシスコン?」
クライスは、質問そのものを却下した。
「うるさいですね」
ぷいっと遠くへ視線を向け、先に立つ。マルローネも早足になった。
「お姉さん、美人だし頭もいいし、淑やかだもんねぇ」
なおもからかうマルローネ。
「外面はとてもいいですからね、うちの姉は...。でも実際は、そんないいものではないです」
「またまた〜」
「今はともかく、小さい頃は何度も泣かされたんですよ。姉は、私が言うことを聞かないとよくヒステリーを起こしましてね。思い通りにならないと、気が済まないんです。その影響で、今でも何となく、つい言うことを聞いてしまうんです」
そう言って、クライスは大きなため息をついた。
街に着いたとき、既に日はとっぷりと暮れていた。
「えーと、まあ一応...ありがとね」
工房で荷物を降ろしてもらっているとき、マルローネは少し居心地悪そうに礼を述べた。
「礼なら、姉に言ってください」
クライスも、しきりに眼鏡の具合を直しながら言った。
「では、これで失礼します」
ランプを下げて、夜道をアカデミーへ戻るクライスを、マルローネは何となく戸口で見送っていた。彼女の口元には、微かな笑みが浮かんでいた。
***
数日後。
「あーっ、またそういうことを言う! どうして、そんなこと言えば失礼になるってことが分かんないわけ!?」
「ふっ...その程度のことが私に分からないとでも?」
「そ、それじゃ確信犯? さいってい!」
「あなたに『最低』と言われるとは...。なかなか詩的ではありませんか」
「もうっ! 少しは話せる奴だと思ったのは間違いだったわ! ふんっ!!」
金髪をぶんっと振り乱して回れ右をして、足音も荒く立ち去るマルローネ。それを、肩をすくめて見送るクライス。相変わらずの光景である。
一部始終を購買のカウンターから見ていたアウラは、くすくすと笑っていた。
「相変わらずねぇ...。まあ、面白いからいいけど」
-Fin-
*あとがき*
マルローネが錬金術士を目指したきっかけは何だろう、というところから生まれた話です。
彼女の家族についてゲーム中で語られていないことから、家族が病気にかかったというようなパターンを最初は考えていました。けれどそれだと少し重くなるんですね。あんまり派手な話にはしたくなかったので、勘当されたということにしてみました。このくらいが、ちょうどいいのかも。
聞き手にクライスを持ってきたのは、完全に筆者の趣味です!(爆)
アウラさんの性格が、何だか...と思われる方もいらっしゃるかもしれません。これは、弟かわいさ故につい強権的になってしまう姉と、結局へいこらと従ってしまう弟の図式が思い浮かんでしまったからです。何でなんでしょうね(笑)。
クライスが話に出るとなぜか長い話になってしまう。やっぱり夫婦漫才(笑)のせいかな...。