ゆーら博物館〜アトリエ・俺屍ファンサイト〜

「う〜っ、困ったなぁ...」

アカデミー内のロビーで、マルローネは頭を抱えてうなっていた。

彼女は、この王立魔術アカデミーの学生。訳あって職人通りに住まい、錬金術の工房を開いていることで、アカデミーの内外によく知られている人物だ。

ロビーに赤いマントと焦茶色のローブをまとった女性が現れた。彼女はマルローネに気がつくと、足を彼女が座っている長椅子へと向けた。

「マルローネさん、どうかしたの?」

澄んだ緑色の目を気遣わしげに瞬いて、女性は声をかけた。

「あ、アウラさん」

マルローネは顔を上げた。

「実はですね、外へ材料を採りに行きたいのに、冒険者の人がみんな、都合がつかないって言うんです。それで困ってしまって」

 

錬金術の調合に使う材料は、大抵のものはアカデミーの購買でそろえられる。

しかし結構な値段がするので、近所で調達できるものは学生たち自らが採取に行くのが常識になっている。その場合、学生たちは安全のため、何人か連れだって出かけるものだ。

アカデミーの外で自活するマルローネの場合、経費を節約するためほとんど全ての材料を自分で調達している。

そのため街を遠く離れた危険な地域に行くこともあり、何より同期の学生仲間が皆すでに卒業しているので、彼女は冒険者に護衛を頼んでいた。

不幸なことに、その頼みの綱である冒険者たちが皆、今日は手がふさがっているのだ。

 

アウラと呼ばれた女性は訊ねた。

「遠くへ行くつもりなの?」

マルローネは軽く首を振る。

「いえ、今日はへーベル湖へ行くつもりなんです。でもこの前ひとりでいいやと思って行ったら、狼に見つかって。たまたまクラフトを持っていたから何とか追い払えたけれど、それでひとりで行くのには懲りたんです」

「そう...それは本当に困ったわね...」

アウラは言って、何気なくロビーに視線を走らせた。ふと、その目がひとりの学生をとらえた。

 

「あっ、いいところにいい人が来たわ。クライス、クライス!」

アウラは大声でその学生を呼んだ。マルローネはぴくっと背中を震わせ、ゆっくりと声の通った方を向いた。

そこには、整った銀髪に眼鏡の少年がいた。図書室に続く方角からやってきたらしく、小脇に分厚い本を抱えている。知的で冷徹な印象のその少年は、まさしくマルローネの天敵だった。

彼は早い歩調でずんずんとやってきて、口を開いた。

「何ですか、姉さん」

「え...ええっ、ね、姉さん!?」

すぐさま、マルローネの素っ頓狂な悲鳴がロビーに響いた。

 

「い、一体何です、あなたは。そんな大声で叫んで、気でもふれたんですか?」

わざとらしく耳を押さえ、クライスはいつもの皮肉げな口調で言った。その口の悪さこそが、マルローネが彼を天敵と定めている理由だった。

成績の絶望的な悪さゆえに特別な卒業試験を受けさせられるはめになり、有名になったマルローネだが、その工房をクライスが冷やかしに来て以来、この二人の仲の悪さもまた有名になった。

感情的と冷笑的、大雑把と緻密、直感的と思索的。どこからどこまで対称的な二人なのだ、喧嘩が絶えないのも不思議はない。

 

マルローネは口をぱくぱくさせつつ、やっと言葉を紡ぎだした。

「だ、だって、ぜんぜん似てないじゃないのよ...」

アウラが温和でおとなしい女性なので、この「イヤミなヤツ」と姉弟なのが信じられない。

「そうかしら? 顔はよく、似ているって言われるんだけど」

アウラはとぼけた調子で言った。

髪の色や瞳の色こそ違うが、実際、すっきりした輪郭や涼しげな目元などは、二人の血のつながりを語っている。ただ、内面の違いのせいで印象がずいぶん異なるのは確かだった。

 

「姉さん、それはともかくとして、何か話があるんじゃないですか?」

クライスは眼鏡を押し上げつつ、話をもとに戻した。アウラはくすりと笑った。

「ええ、ひとつお願いがあるの。今日ね、マルローネさんはへーベル湖に行きたいんだけど、一緒に行ってくれる人が見つからないんですって。そこであなた、彼女についていってあげて」

今度はクライスが叫ぶ番だった。

「はぁ!? 姉さん、今何と言いました!?」

「だから、マルローネさんの材料採取に付き合ってあげて、って。あなた、一応魔術も使えるでしょう? 近所に出るような獣くらい、どうとでもなるわよね」

涼しい顔で、アウラは繰り返した。

 

「そんな、勝手に決めないでください、姉さん。僕は忙しいんですから」

不機嫌極まりない表情で、クライスは言い、きびすを返した。マルローネも、顔を引きつらせてアウラに言う。

「あの〜、あたしも別に、無理にお願いするつもりでは...」

それを無視して、アウラはクライスに言った。

「あら、昨日、実験がひとつ終わってちょっと暇になったって言っていたじゃない」

「う...」

「ちょっと他に頼めそうな人はいないし、あなたなら、もとからマルローネさんと知り合いだからちょうどいいかな、と思ったのに...」

アウラは、ここで一度言葉を切った。

 

「どうしてもダメなの? 姉の私がこうして頼んでいるのに?」

半ば呆然として姉弟のやり取りを見ていたマルローネでさえ、アウラの言葉に常ならぬ圧力がかかっているのを感じた。もちろん、クライスはマルローネ以上にそれを感じてうなった。

「...わかりましたよ。ついていってあげればいいんでしょう?」

「そうよ。お利口さんね」

子供に言うような口調で、アウラは満足そうに言った。そしてマルローネに顔を向けて、

「というわけで、護衛がひとり出来たけど、これで大丈夫かしら?」

にこにこと微笑まれては、マルローネも逆らう気にはなれず、首を縦に振るしかなかった。

 

「それでは、杖とか取ってきます。ちょっと待っててください」

くるりと身を翻し、寮へ向かったクライスを見送ると、アウラは「さ、仕事仕事」と呟きながら、ロビーの隅にある購買のカウンターに入ってしまった。

カウンター裏にある戸棚や、倉庫への扉の鍵を開けて購買店の準備をする彼女をぼんやり眺めながら、マルローネはため息をついた。

(あーあ、なんでこうなっちゃったんだろ...とほほ)

 

***

 

へーベル湖は、街の東の林を抜けたところにある。日光がまばらに差し込む林は、鳥がさえずり、虫が舞い、柔らかい草が育ち、人を和ませる雰囲気に満ちていた。

田舎育ちのマルローネには特に、木の茂るところは心安らぐ場所だ。いつもなら、材料採取で森や林へ出かけるたびに心が浮き立つのだが。

(今日は、こいつがいるもんなぁ...)

相変わらず先に立って進むクライスの、紺青のマントをまとった後ろ姿を見ながら、マルローネはため息をついた。

 

「ねえ、もう少しゆっくり歩いてくれない? この辺、足場が悪いし」

「そう言いましても、街を出たのが昼過ぎですから。採取をして今日中に戻るためには、このくらい急がないと」

街から湖へは徒歩で3,4時間ほどかかる。今の時点で、街に戻るころには夜になることは明らかだった。

「でも、今日はとりあえず、水を汲めたら十分だから、そんなには採取に時間をとらないわよ」

「そうですか。しかし、急ぐに越したことはありません」

簡潔な返事を返して、ずんずんと先を急いで行ってしまう。マルローネは半ばあきらめたように頭を振り、彼に遅れないよう足を早めた。