ゆーら博物館〜アトリエ・俺屍ファンサイト〜

クライスがおそるおそる腕を降ろし様子をうかがうと、白っぽい蒸気が途切れつつある中、横倒しになったろ過器やひびが入った反応容器などの乗った作業台、落ちて上にざるが被さったほうれんそう、そして尻餅をついて目をまん丸くしているマルローネの姿が見えた。

派手な爆音の割に、被害はほとんどなかったと言って良かろう。クライスはもちろん、マルローネも怪我ひとつしていない。

「な...なんでぇ? あれだけ気合い入れたのに、どうしてぇ??」

マルローネは、最初は呆然と、やがて悔しさをにじませて嘆きの声をあげた。

 

(気合いの入れすぎなのですよ)

クライスはそう言おうとした。しかし言葉が口から出るときには、このようにすり替わっていた。

「いやぁ、本当にアルテナの水が爆発するのを見られるとは。実に珍しいものを見せていただきました」

マルローネは、煙でじんわりと潤んだ目を、きっとクライスに向けた。

「やりたくてやったわけじゃないわよ! すっごく出来のいいのを作ってその生意気な減らず口を閉じさせてやろうって思ってたのに!」

 

思っていることをあけすけに口にするのが、マルローネの特徴のひとつである。

時と場合によってはこの性質は好感を持たれるものだが、この場合は当然と言うべきか、クライスの反撃を導き出した。

「生意気で悪かったですねっ。閉じると言えばあなたこそ、目をつぶって調合しているんじゃないですか? 自分の周りで何が起こっているか分かるなら、あんな無茶はやらないはずですけどね!」

クライスには周囲の元素の動きが尋常ではなかったことが分かっていたので、彼はそう言った。しかし残念ながら、未熟なマルローネはそんなことに全く気がついていなかった。

なので、しごく単純に、馬鹿にされたのだと受け止めた。まあ、彼の言うことを理解できたとしても、結果は同じだっただろうが。

 

「はぁ? 目つぶってたら調合できるわけないじゃない。なに、訳の分からないことを言ってるのよ?」

「訳が分かっていないのはあなたのほうです、マルローネさん」

「な、何よ偉そうにっ。学年首席ってそんなに偉いわけ?」

「最低成績記録保持者よりは偉いと言って差し支えないと思いますけれどね」

「あんた、ケンカ売ってるの?!」

「あなたが先に挑発したのでしょうが!」

両者はっしとにらみ合い、まさに臨戦態勢!

 

しかしクライスは、ふいっと視線をそらした。「馬鹿らしい」と、顔に書いてある。

「ま、これ以上ここにいても仕方ないようですし、そろそろ失礼します」

威儀を正して立ち上がり、わざとらしく服の埃を払った。そして悠然と、出入口に向かって歩み去る。

と、陳列棚の脇でふと足を止めた。

「こちらは、本当にあなたが作ったものですよね?」

“アルテナの水”の瓶を指差して彼はマルローネに言った。

険のある声が返ってきた。

「疑いたければ疑っていても、あたしは別に困らないけど?」

「ひとつ頂いてよろしいですか? ああ、もちろんお金は払います」

「勝手にすれば?」

拗ねて、向こうを向いて座り込んだまま、無愛想にマルローネは言った。

クライスは、傍らに書かれた値札の金額を財布から出して棚に置くと、瓶をひとつ取って出ていった。

 

後にマルローネがシア・ドナースタークに語ったところによると、

「あいつ、絶対あたしのこと馬鹿にしてたわっ。あのイヤミな目つき、高慢ちきな態度! 何様のつもりかしらね! でも、そのクライスが見ている時に限って失敗した自分に一番腹が立っているんだけどねっ。あたし、これからは真面 目に頑張るわ。猛烈に勉強して、いつかきっとあいつの鼻を明かしてやるのよっ。見てらっしゃいよクライス・キュール、枕を高くして寝ていられるのも今のうちだけなんだからね!」

なお、この決心は1週間と続かなかった、という事実も明記しておきたい。

 

クライスは道を歩きながら、少し前にイングリドと話したことを思い出していた。

「先生、例のマルローネとかいう学生、なぜわざわざ特別試験など受けさせることにしたのですか?」

クライスには、心底不思議なことだった。桁外れに出来の悪いその先輩の評判は、アカデミー中が知っていると言ってよかった。そんな見込みのない学生、とっとと放校処分にしてよさそうなものを。

彼の親がアカデミー運営委員のひとりであることもあって、彼もこの問題には少なからず関心を持っていたのだ。

「あなたは彼女のことを知らないからそう思うのよ」

イングリドは、ふっと笑みを漏らした。

 

「あの子は確かに物覚えは悪いし、おっちょこちょいだし、物は壊すし、しょっちゅう寮を抜け出すし、遅刻はするし居眠りはするし、まあ数え切れないほど欠点があるわ」

ここで、イングリドはため息をついた。

「でも見る人が見れば分かることだけど、いい素質を持っているのよ。天賦の才、と言うべきかしら。ただ本人がその活かし方をまるで分かってないのが難点だけど。その素質をこのまま眠らせるのはもったいないと思ったから、彼女をアカデミーに残したのよ」

そしてイングリドは、ふっと遠くを見るような目をして呟いた。

「店という責任を持てば、少しはしっかりするかと思ったけれど...本当に大丈夫かしらね」

 

今のクライスは、イングリドが言ったことをよく理解していた。実際にマルローネの調合を見て、底知れぬ潜在力を見せつけられては、疑う余地がなかった。

彼女の調合が失敗した理由、それは、必要以上に呪力を使ったため、かえって調合物が不安定になり、元素がバラバラになってしまったのに違いなかった。

おそらく今は、呪力を制御できず暴走させてしまったり、逆に調子が悪くて必要なだけの力を発揮できなかったりと、非常に不安定な状態なのだろう。

けれど、いつか彼女が自分の力を完全に制御できる日が来るとすれば...?

 

クライスはマルローネから買った“アルテナの水”を見た。

澄んだエメラルドの輝きを宿したその水薬は、品質・効力ともにクライスの作るものを超えようかという完成度だった。

クライスの顔に、様々な感情がよぎる。

感嘆。

畏れ。

嫉妬。

賞賛。

意地。

興味。

それらを全部ひっくるめたような声で、クライスは呟いた。

「なんて人だ...」

 

しかし彼がアカデミー寮につく頃には、その顔には不敵な笑みが戻っていた。

(これはひょっとしたら、面白いことになるかもしれないな)

周囲の平々凡々とした学生たちにいささかうんざりしていたクライスにとって、マルローネの存在は刺激的なものに思えてきたのだ。

ひょっとすると、もしかしたら...その可能性は低いとは思うが...ああいう型破りな人物こそが、画期的な「何か」を為し得るのかもしれない!

その日から、クライスにとってマルローネは好敵手と認識された。その、未開発の才能への期待ゆえに。

だが、そんなことを知る由もないマルローネは、相変わらず調合をほっぽりだして、今日も元気に材料採取に出かけるのだった。

-Fin-


*あとがき*

この話を書くに当たって、Massy様の「Massyのゲーム館」(現在は閉鎖)で連載されていた「エリーのアトリエ」小説でのオリジナル設定を参照させていただきました。

この場を借りてお礼申し上げます。

あの、自分以外の人間にまるで関心を持っていなさそうなクライスがマリーに関わってくるようになるのはなぜか。

顔が綺麗だから、だけでは落ちないでしょ(笑)。となると、どこかに「この人って、本当はすごいのかも」という、注目すべき素質とか可能性とかを見いだしたのかもしれませんね。

何だかマリーがやたら天才肌なように書いていますが、それでも私は、彼女は特別な生まれではなく、普通の村娘だったという立場に立ちたいと思います。

現存する偉人たちも、その大半は「最初はただの人」だったわけですから。

最初はみな同じ人。その中にたまたま普通とちょっと違う人がいて、なおかつ機会とやる気に恵まれた人が、後に偉業を成し遂げるのだと思うのです。

って、何がいいたいかって、結局、話をあまり壮大にしたくないんですけどっていう言い訳です(汗)。