ここで俺たちに会うとは思っていなかったのだろう、ルイーゼはぽかんとしてこちらを見つめていたが、イングリド先生にうながされて、空いていた席につく。
イングリド先生が、もの問いたげにクライスを見る。
クライスは、ひとつ咳払いをして、
「ルイーゼさん、これからいくつか質問をさせていただきます。簡単な質問ですから、答えられると思います。よろしくお願いしますよ」
「は、はい・・・」
「あなたは、ヘルミーナ先生が講師を務めた補習の2日目に、『生きてるうに』の調合の実習をされましたね」
「はい・・・」
「うまくいきましたか?」
ルイーゼが恥ずかしそうにうつむく。
「いえ、失敗してしまって・・・。居残りまで、したんですけれど」
俺は思い出した。確かに、マリーの工房へ実験をしに来た時、ルイーゼはそう言っていた。
「居残り実験は、地下実験室Aでなさったのですね」
「はい・・・」
「その時、他に誰かいましたか?」
「いえ、わたしひとりでした。ヘルミーナ先生も、他のご用事で、席を外されていましたし」
「では、その時の手順を、思い出せる限り、説明してください」
「はい・・・。『うに』が入ったかごを作業台の隣の床に置いて、器具を揃えました。それから、ガラス戸棚から、必要な薬品を取り出しました」
「ちょっと待ってください。あなたは、『生徒用』と書かれた棚から薬品を取り出しましたか」
「はい、たぶん・・・」
「確信がありますか」
「あ、いえ・・・」
ルイーゼは、しどろもどろになった。
「わたし、目が悪いし、時々ぼんやりしてしまうので、右も左もわからなくなってしまうんです」
マリーの工房でのルイーゼの言葉が、記憶の中からよみがえった。彼女は確かに言っていた。『・・・それに、わたし、目が悪いもので、よく見て確かめないと、すぐ間違えてしまうんです。時々、右も左もわからなくなったりして・・・』
クライスは、先ほどからテーブルの上に置かれたままになっている、ヘルミーナ先生の濃縮液を、ルイーゼの方に押しやる。
「ルイーゼさん・・・。あなたがその時、棚から取り出して使ったのは、このびんではありませんか」
ルイーゼの顔がぱっと輝く。
「あ、そうです。これです」
「間違いありませんか」
「はい」
ルイーゼはきっぱりと言った。
声にならないざわめきが、俺たちの間に広がる。
と、いうことは・・・?
クライスは冷静な態度で質問を続ける。
「ところで、あなたはその後日、マルローネさんの工房でも『生きてるうに』の実験を行いましたね。その時に使った薬品と、この薬品とは同じものだと思いますか」
「あ、ええと・・・」
ルイーゼは小首をかしげた。
「マリーさんの工房で使わせていただいた『祝福のワイン』と『植物用栄養剤』は、ずいぶんさらさらしていて、補習の時に使ったのとは違うと思いました。こちらは粘度がかなり高かったですし」
俺は更に思い出して、衝撃を受けていた。マリーの工房で調合をしながら、ルイーゼはつぶやいていたのだ。『あら、変ね、こんなにさらさらしていたかしら。補習の時と違うみたい』と。
「わかりました。それでは、説明を続けてください」
「はい・・・。それで、乳鉢に『うに』をひとつ入れて、参考書に書かれたレシピ通りに薬を注ぎました」
「正確に、どのくらいの量ですか?」
「試験管に、4分の1です」
ただし、通常の数十倍の濃度で、ということだ。クライスの推論では、『生きてるうに』の変異体を創り出すのに十分な量である。
「それから?」
「しばらく暖めましたが、反応がないので、失敗したと思って、その日の実験は止めにしました。もう時間も遅かったですし」
「続けてください」
「はい、続きは次の日にしようと思って、器具を片付けて、実験室に鍵をかけて、事務室に鍵を返して、帰りました」
「それだけですか?」
ルイーゼは上目遣いに天井を見上げる。
「あ、思い出しました。部屋を出ようとした時、ローブの裾が引っかかって、実験で使っていた『うに』を、乳鉢ごとかごの中に落としてしまいました」
「薬品を吸収させた『うに』を、他の『うに』がたくさん入ったかごの中に、落としてしまったというわけですね」
「はい・・・」
「それを、どう処置されましたか」
「片付けるのは明日でいいと思って、そのままにしてきました。でも、翌日来てみたら、実験室は閉鎖されてしまっていて・・・」
「ありがとうございました。質問は以上です」
クライスは、右手で眼鏡の位置を整え、一同を見渡した。
Q.E.D.・・・証明終り。彼の目は、明らかにそう宣言していた。
ドルニエ校長もイングリド先生も、マリーも俺も、言葉をなくしていた。
沈黙が続く中、ルイーゼの柔らかな声が響く。
「あの・・・。なにか、あったんですか?」
わずかに小首をかしげ、きょとんとした表情で、“彼女”は尋ねた。
───────────────────────────────────────
こうして、事件の真相は解明された。王室騎士隊に対して、アカデミーからどのような報告がなされたのか、俺は知らない。少なくとも、ルイーゼが咎めを受けるということはないようだ。
イングリド先生からは、俺とクライスに対して、調査費としてかなりの銀貨が支払われた。銀貨は、ふたりで相談の上、マリーと三等分することにした。
「そうでもしないと、あの“爆弾娘”は何を言い出すかわかりませんからね。まあ、口止め料代わりですよ」
というのがクライスの言である。
武器屋の親父は包帯姿のまま、店に出ていた。来る客来る客に、『うに魔人』と渡り合った武勇伝を吹聴しているという。
再び、ザールブルグに平和な日々が戻っていた。
そんなある朝・・・。
轟音が、『職人通り』を揺るがした。
地震のような揺れを感じて、俺はベッドから飛び起きた。あわてて廊下に出ると、クライスも部屋から飛び出して来る。
屋根裏部屋の入り口から顔だけ覗かせて、ナタリエがぼやく。
「なんだよ、うるさいな・・・。さっき寝たばかりだってえのに、安眠妨害だよ・・・」
俺とクライスは顔を見合わせると、うなずき合った。
朝っぱらからこんな騒ぎを起こすのは、マリーしかいない。
ふたりが駆けつけると、マリーの工房のドアは吹き飛び、中から黒煙がもうもうと上がっていた。野次馬が次々と集まってくる。消火のため、自警団も駆けつけてきた。
「おい、マリー!!」
「マルローネさん!!」
俺たちの呼びかけが聞こえたのか、煙の中からすすだらけになったマリーが、よろよろと姿を現わす。
「マルローネさん! 今度は何をやらかしたんですか!?」
「あ、あははは。ちょっと、ヘルミーナ先生の真似をして、『祝福のワイン』を濃縮しようとしたのよ。10本分を大釜にぶち込んで、一晩かけてかき混ぜながら煮詰めてたんだけど、ちょっと居眠りしちゃったらしくて。あはは」
「笑い事じゃありません! けがでもしたらどうするんですか! だいたい、あなたの実力で、ヘルミーナ先生と同じことをしようなど、無謀もいいところです」
「何よ! 挑戦するってのは大事なことじゃない!」
「物には限度というものがあります。実力に見合った行動をとっていただきたいものですね」
「何よ、あんただって、戦いの時にはてんで役に立たないくせに!」
「私は騎士でも冒険者でもありません。あなたこそ、爆弾を使うしか能がないじゃありませんか」
「むっか〜っ!! じゃあ、それしか能がないってやつを、見せてあげようじゃないの!」
「待ちなさい! 街中で爆弾を使うのは、アカデミーで禁止されているでしょう」
「知ったこっちゃないわ!」
周囲の人垣が唖然として見守る中、ふたりの言い合いは終わりそうにない。
「ああ、はいはい、わかったから、もう一生やっててくれ」
俺は背を向けると、ハドソン夫人のうまい朝飯にありつこうと、ひとりで下宿へ戻っていった。
<おわり>
○にさんのWebページのアンケートに答えたお礼として、抽選によりリクエスト権をいただきました。
クライス君が探偵の、探偵物語が読んでみたいという話を以前からしていまして、今回で2話披露されました。第3弾,第4弾もあるかも、とのこと。皆さん、機会があれば○にさんにおねだりしましょう♪(笑)