ゆーら博物館〜アトリエ・俺屍ファンサイト〜

◆Episode−4

クノッヘンマンとにらみ合いながら、ロマージュは五感を研ぎ澄ましていた。走り去るノルディスの足音が消え、十分に離れたと納得すると、全身の緊張を解き、短剣を鞘に収める。そして、いつものもの憂げな口調で、魔物に話しかける。

「ありがとう、もういいわよ。ごくろうさま、うふふ」

それを聞くと、クノッヘンマンは大鎌を後ろに放り出した。頭巾とローブをはねあげると、盗賊の服に身を包んだ、細身だが均整のとれた身体が現われる。最後に髑髏のマスクをはぎとると、そこにはまだ少女と言ってもいいあどけなさの残る若い女性の顔があった。

「えへへ、ちょっとマジになりすぎちゃったかな? でも、さすがのあたしも魔物に変装するのは初めてだったからね」

「うふふ。今回の役は、あなたにぴったりだと思ったのよ。あの子たち、つい先日もエルフィン洞窟でふたりきりにしてあげたんだけれど、思ったより進展がないんですもの。うふふ、ちょっと荒療治だったけど、効果はあるんじゃないかしら」

「そうだね。あたしも、あのアイゼルって娘には借りがあるからさ。少しは罪滅ぼしになったかな、なんてね。ま、昔の話だけど」

三つ編みにして背中に垂らした髪をかきあげ、抜け目なさそうな大きな目でロマージュを見つめると、怪盗デア・ヒメルことナタリエは、にっこりと笑った。

「それで・・・お礼なんだけど」

言いかけたロマージュを、ナタリエはさえぎる。

「お礼なんかいらないよ。あたしには、これで十分さ」

と、手にした白くて丸い卵をお手玉にして見せる。

「あなた、それって・・・」

目を丸くするロマージュに、

「千年亀の卵は、珍品好きのケプラーの親父に高く売れるからね。2、3個なら取ってったって構わないだろ? それじゃ、またなんかあったら、声かけてくれよ」

そして、ナタリエは大きくとんぼ返りをし、茂みの中に消える。あとは、月光を反射する鏡のような湖面に、純白の踊り子の衣装を着たロマージュの姿が映っているばかりだった。

 

◆Episode−5

「はあ、はあ・・・」

「はあ、はあ・・・」

息が切れるまで走って、ノルディスはアイゼルをかばうように後方を振り返る。

はじめて出会った死神のような魔物の恐怖が消えないのか、アイゼルはまだ、がたがた震えている。ノルディスは、マント越しにアイゼルの細い身体をそっと抱きしめ、赤ん坊をあやすように語りかけ続けた。

「アイゼル・・・大丈夫だよ。もう怖くない・・・。しっかりするんだ・・・。大丈夫、何もいないよ・・・」

それは、自分自身を勇気づけるための言葉でもあった。

ようやく、アイゼルの震えがおさまってきた。

「ノル・・・ディ・・・ス・・・」

最初のショックが消えたアイゼルは、今度はノルディスのマントにすがり、泣きじゃくる。ノルディスはどうしてよいかわからず、ただアイゼルの栗色の髪を優しくなでるだけだった。

ひとしきり泣いたアイゼルは、やがて我に返ったように息をのむ。

「ねえ! ロマージュさんは!?」

ノルディスもはっとする。ここまで、アイゼルのことを気遣うのに精一杯で、魔物と一緒に残ったロマージュのことを忘れていたのだ。だが、ノルディスは別れ際にロマージュが見せた、落ち着いた口調と自信にあふれた瞳を思い出した。

「大丈夫だよ、きっと。ロマージュさんは、百戦錬磨だもの・・・」

「でも・・・でも・・・」

その時、南の国の楽器の静かな調べが、かすかに聞こえてきた。ロマージュが、いつも野営する時につまびく、物悲しいメロディだ。

「ほら・・・。ロマージュさんは無事だ。もう、大丈夫だよ」

「ええ・・・」

安心したのか、アイゼルは柔らかな草むらにぺたりと座りこむ。肩を抱くように、無意識に寄り添うノルディス。

と、東の森の向こうの空が白々と夜明けの色に染まりはじめる。

この時、ようやくノルディスは、自分の右手が水晶のようなかけらを握りしめているのを思い出した。

『湖光の結晶』・・・。

冬の終わる夜、ヘーベル湖に産卵に訪れる千年亀が流した涙が、湖水の中で結晶となったものだ。まるで月光を吸い取ったかのように、澄み切った青い輝きを放っている。その手触りは、しっとりとしているが、握っていても氷のように溶け出したりはしない。

親指と人差し指でつまみあげ、しげしげと目の前にかざす。森の向こうから、夜明けの最初の光が射す。

「あ・・・」

ノルディスは絶句した。

夜明けの黄色い光を受けた『湖光の結晶』は、冴え冴えとしたサファイア色から、深みのあるエメラルド色に輝きを変えていた。それは、アイゼルの瞳の色と寸分変わらなかった。

冬の最後の夜が、終わりを告げようとしていた。そして、今、昇ってくるのは、春の最初の1日の訪れを知らせる、暖かな太陽だ。

3月1日。

ノルディスは、アイゼルの右手をそっと開かせ、『湖光の結晶』を載せると、自分の両手で包み込んだ。

「アイゼル・・・その、つまり、この前もらった誕生日のプレゼントのお返しだよ・・・」

アイゼルがはっとノルディスの顔を見る。冬の終わる夜が明ければ、自分の誕生日だという事を、アイゼルはすっかり忘れていたようだ。

ノルディスは、今度ははっきりと告げた。

「アイゼル・・・。誕生日おめでとう」

<おわり>


アルベリヒの舞】の続編、だそうです。と言っても、単独で十分楽しめますけれど。○にさん、毎度ありがとうございます♪ ○にさん家は(ふかしぎダンジョン)です。

アイゼル様にとっても素敵なプレゼント。ロマンチックな亀の産卵シーンにドキドキ、怖い思いをしてドキドキ。庇ってもらって気遣ってもらってドキドキ。そしてまたとない珍しい宝石が記念の品。いいなあ。よかったねアイゼル様。私は可憐なお嬢様度満点のアイゼル様にドキドキでした。ねえノルディス?