ゆーら博物館〜アトリエ・俺屍ファンサイト〜

◆Episode−1

コンコン。

いつものように、エリーの工房にノックの音が響く。

「は〜い、開いてま〜す!」

エリーの返事も、いつも通り元気がいい。

そして、来客が誰か気付くと、エリーの顔はもっと明るくなった。

「あ、ノルディス。どうしたの?」

「うん、いつもエリーに頼ってばかりで悪いな、とは思ってるんだけど・・・」

ザールブルグ・アカデミーの同級生で、学年首席のノルディスは、すまなそうに切り出す。

「『黄金色の岩』なんだけど、6個ほど分けてもらえないかな?」

ノルディスは、成績優秀なだけに勉強家でもあり、いつもアカデミーの図書室や研究室で錬金術に取り組んでいる。それだけに、材料を採取に出かけることが少なく、足りない材料があると、しばしばエリーに入手を頼みに来るのだ。もちろん、工房を開いて自活しているエリーを手助けしたいという気持ちもあることは確かだが・・・。

用件を聞いたエリーは、天井を見上げて考え込む。

「『黄金色の岩』かあ・・・、在庫、あったかなあ。・・・ねえピコ、あなた覚えてない?」

作業台の上にちょこんと座り、乳鉢でカノーネ岩をすりつぶしている黄色い服と帽子の妖精に尋ねる。

「ええと、この前ぼくが採取してきて、倉庫のいちばん奥に入れたと思いますけど・・・わあっ!」

軽い爆発音がして、作業台の上に煙が吹き上がる。

「ちょっと、ピコ、大丈夫? 火属性の材料を扱う時は、注意しなくちゃ」

帽子と服に焼け焦げを作ったピコをたしなめ、工房の隅に作られた半地下の倉庫の上げ蓋を引き上げるエリー。

「だって、お姉さんが話しかけるから、手元が狂っちゃって・・・。はああ、森へ帰りたい・・・」

ピコのつぶやきは、エリーの耳には届いていない。いつも見慣れた情景に、思わず顔がほころぶノルディス。

エリーは、穴蔵のような倉庫に上半身を突っ込むようにして、依頼の品を探している。

「わあ、すっごい埃・・・。ここもたまには掃除しなきゃだめだね。あ、あったよ、『黄金色の岩』」

硫黄の臭いがする岩の塊を布袋に入れ、ノルディスに渡す。

「ありがとう、助かったよ。また頼むね」

代金を支払い、ノルディスは帰っていく。

 

埃が積もった倉庫の床を見て、エリーは一瞬、腰に手を当てて考え込んだ。だが、一大決心をしたようにうなずくと、戸棚から雑巾を取り出す。水で濡らすと、倉庫の床を拭きはじめる。

「あれ? 何だろう、これ」

先ほどまで『黄金色の岩』が置いてあった倉庫の奥に、薄いノートのようなものが落ちている。汚れと湿り気のため、床板と同じような色で貼り付いたようになっていたため、今まで気付かなかったのだろう。

そっと拾い上げ、表面にこびりついた汚れを指で掻き落として、表紙をあらためる。

「これって、マルローネさんの・・・!」

なんとか、表紙に書かれた名前は読み取れた。

しかし、ページをめくったエリーはため息をついた。薬品の染みや虫食いだらけで、ほとんど判読できない。それでも、ところどころは文字が読める。

気が付くと、エリーは床にぺたんと座ったまま、マルローネの覚え書きを判読するのに熱中していた。

ピコがおずおずと声をかける。

「あの・・・お姉さん? 倉庫の掃除、途中なんですけど、放っといていいんですか?」

エリーは顔も上げずに答える。

「いいわ、ピコ、後はあなたがやっといて」

(ああ、やっぱり言うんじゃなかった・・・)

後悔しつつも、ピコは自分の身体の半分ほどもある濡れ雑巾をかかえて、けなげに半地下の穴蔵に下りていく。

その時、エリーはノートの一節に目をとめて、驚きの声を上げた。

「えっ!? 千年亀が・・・ヘーベル湖に?」

 

Episode−2

その晩。

エリーは職人通りの酒場『飛翔亭』にいた。マルローネのノートを手に、ノルディスと、南国出身の踊り子ロマージュと3人でテーブルを囲んでいる。

今日は2月25日。5の倍数に当たっているので、ロマージュが『飛翔亭』で踊りを披露する日だ。今もひと踊りして、休憩に入ったところである。

「で、このマルローネさんのメモを見ると、ヘーベル湖で千年亀を見たって書いてあるんです」

エリーが古ぼけたノートの一節を指さす。

「ふうん、それで、あたしに何がききたいのかしら」

ロマージュは、ほのかな色気が漂う、気だるげなゆっくりした口調で尋ねる。

「アカデミーの参考書には、千年亀は西の海辺にしか住んでいないし、数もとても少なくなっていると書いてあります」

ノルディスは、アカデミーの図書室から借り出してきた『シグザール博物誌』を開いて、千年亀に関する記事を示す。

エリーが引き取って、続ける。

「ヘーベル湖に千年亀がいるなんて、信じられないってノルディスは言うんです。でも、あたし、マルローネさんがでたらめを書いているとは思えないんです。ロマージュさんなら、いろいろなところを旅しているから、どこかで千年亀のことを聞いたことがあるかも知れないって思って・・・」

ロマージュは、カウンターにいるクーゲルから受け取ったゲルプワインのグラスをわずかに傾け、その赤い色を見つめながら、はるか遠くの地へ思いをはせるかのように考え込む。

「そうね・・・。そういえば、こんな話を聞いたことがあるわ。ただのお伽話だろうと思っていたけれど・・・」

頬杖を突き、ワイングラスをもてあそびながら、ロマージュは話しはじめる。

「大昔、まだこの大陸に人が住んでいなかった頃、ヘーベル湖はまっすぐ海とつながっていたんですって。その頃は、千年亀は自由に西海岸とヘーベル湖を行き来することができたわけね。でも、その後、大地が火を噴いて、ヴィラント山と、それに連なる山々が海岸地方とザールブルグを分断してしまったの。海辺にいた亀たちは生き延びたけれども、ヘーベル湖にいた千年亀は、他の生き物と一緒に、火山の熱で死に絶えてしまったというの。だけど、今でもヘーベル湖は、地下の水路で海とつながっているという話があるのよ」