ゆーら博物館〜アトリエ・俺屍ファンサイト〜

期待に胸を弾ませて手紙を開いたアイゼルだが、字を見て落胆の色を隠せなかった。ノルディスの字とは、明らかに違う。しかし、書かれた内容を追って行くにつれ、アイゼルはこみ上げてくるものを抑えられなくなっていった。

手紙の文章は、簡潔だった。

 

アイゼル・ワイマール

貴下のマイスターランク進学資格は、ヘルミーナ師の推薦により、無期限に保留されるものとする。貴下より復学の意思表示あり次第、同資格は発効する。

ザールブルグ・アカデミー

 

すべてを振り捨ててきたつもりだったが、アカデミーはアイゼルを忘れてはいなかった。卒業式すら出席しなかったというのに、ヘルミーナ先生はマイスターランク進学の道まで残しておいてくれた。

気付くと、アイゼルは手紙を握りしめ、大粒の涙をこぼしていた。

「ちょ、ちょっと、どうしちゃったの? ねえ、大丈夫?」

あわてるマルローネ。その傍らで、イクシーはあくまで冷静に、自分のハンカチをアイゼルに差し出していた。

 

「ふうん、そうか・・・。そんな事情があったんだ」

アイゼルの長い話を聞き終わったマルローネが、しみじみと言う。

夜も更け、二人の頭上には七色の砂を撒いたような星空が広がっている。

ここは、アカデミーの建物からさらに高く登った、とある山の中腹だった。森の真ん中に、ぽっかりと開けた空き地があり、そこからはケントニスの街並みや、その向こうに広がる海が遠くまで見渡せる。昼間の出来事から、なにか深いわけがありそうだと察したマルローネは、アイゼルを、この自称『隠れ家』に誘ったのだった。

今、二人は、空き地の真ん中に置かれた手作りの木のベンチに並んで座っている。

「ここはね、あたしが行き詰まったり、なにか考え事をする時に、必ず来る場所なんだよ」

と、マルローネは説明した。

「この辺の森は、アカデミーでは『竜虎の森』と呼ばれてるんだよ。正式な名前は別にあるんだけどね。イングリド先生が若い頃、ここでライバルの女性と対決したんだって。その人は、アカデミーでイングリド先生と同級だったんだけど、卒業式の前に姿を消してね、この山にこもって修行をしていたらしいよ。そして、先生に果たし状を叩き付けたんだって。二人の対決って、迫力だっただろうね、何といっても、湖をひとつ干上がらせて、地滑りまで引き起こしたっていうんだから。結局、引き分けに終わったらしいけれど・・・。あ、そう言えば、この話、ちょっと似てるね、あなたとエルフィールにさ」

マルローネは気楽に話していたが、アイゼルは愕然としてこの話を聞いていた。ライバルの女性というのは、きっとヘルミーナ先生に違いない。アカデミーを出る自分を見送ったヘルミーナの意味ありげな表情を、アイゼルはようやく理解できた気がした。

しかし・・・とアイゼルは考える。

師と同じように、自分はエリーと戦うことを望んでいるのだろうか。カスターニェ以来、ずっと悩んでいた、自分の本当の夢は何かという疑問が、再び心をかき乱す。

しばらくの間、二人は黙りこくって星空を見上げていた。

アイゼルは、心を決めた。自分の感じている疑問を、素直にマルローネにぶつける。

マルローネは、あっさりと答えた。

「あなたの本当の夢? 簡単なことじゃない。あたしには、はっきりとわかるよ」

「え?」

「あなたの心にいちばん深く根を下ろして、忘れられないものが、それだよ。ここまで言っても、わからない?」

アイゼルは、自分の心の中を見渡してみる。答えは、すぐに出た。

「ノルディス・・・」

自然に言葉が口をついて出る。

「そう。素直に自分の心と向き合えばいいんだよ」

「でも、わたし、ノルディスのことは、もう・・・」

「あきらめた・・・って言いたいの? うそつきだなあ。あなた、自分の夢に、正面からぶつかってすらいないじゃないの」

「・・・・・・」

「たとえ失敗したっていいじゃないの。その向こうに、また別の夢が見えてくるはずだからさ。でも、夢から逃げてたら、どこにも行けなくなっちゃうよ」

「・・・・・・」

「ま、夜は長いよ。ゆっくり考えるといい。あたしも付き合うからさ」

そう優しく言って、マルローネは再び沈黙に返る。アイゼルは目を閉じ、過去の様々な出来事をひとつひとつ思い浮かべていった。

 

東の水平線が、白みはじめる。目を覚ました小鳥のさえずりが、森のあちこちから聞こえてくる。いつのまにか眠り込んでいたマルローネは、肩に手が置かれるのを感じて、目を覚ました。薄闇の中で、アイゼルのエメラルド色の瞳が、じっとマルローネを見詰める。そこには、昨夜にはなかった安らかな光が宿っていた。

「マルローネさん・・・いろいろとありがとう。わたし、決めたわ」

アイゼルは、すがすがしい中にも決意を秘めた口調で話す。

「これからすぐ、ザールブルグに帰ります。そして、今のわたしの気持をそのまま、ノルディスにぶつけてみます。それから、エリーにも・・・」

マルローネもアイゼルの目を見詰め、大きくうなずく。そして、二人は申し合わせたかのように、海の方へ目をやった。水平線に、オレンジ色のまぶしい点が生じたかと思うと、それはすぐに左右に伸びひろがる。新しい1日の始まりを告げる、朝陽が昇って来ようとしているのだ。

アイゼルは、まっすぐにその方角を見つめている。彼女は、夜明けの光に向かって、進んで行こうとしている。

その光の向こうに、ザールブルグがあるのだ。

<おわり>


エリアト小説を各所に投稿されている○にさん(ふかしぎダンジョン)が、当館のために書いてくださった小説です。

ノルディスへの恋が叶わないと思い、苦しみながら飛び出したアイゼル様が、いろいろな人と出会って自分を見つめ直し、夜明けの空のように夢を復活させます。もう終わったとは限らない。簡単に捨てられやしないんだから、今度こそ夢を手放さない。アイゼル様、しなやかに生まれ変わった・・・かな? 一途なあなたが私は大好きです(マテ)。