*早朝*
ルイーゼの寝起きする部屋からは、霞のように繊細な白い花をたくさんつける木々が見える。
ここ数日のうちに次々と花が開き、今朝はまさに満開。
仕事に出る前のつかの間のひととき、窓辺によって、ひとりだけの花見を楽しむ。
見ているうちに、ルイーゼはあることを思いついた。
辺りをよく見回し、下までのぞき込んで、誰もいないことを確認する。
そしてなぜか、カーテンを閉めてしまう。
いや、 わずかにすき間を空け、隠れるように外をうかがっている。
その訳は...
普段は人前で絶対にかけることのない、黒縁のびん底メガネだった。
今年一番美しい日を迎えたであろう、花をもっとよく見たいという想いが、
忌まわしい思い出のあるそのメガネの封印を解いたのであろうか?
*朝*
春はダグラスにとってはホームシックの季節だったりする。
原因は、そこここにある、雪のような花を付ける木々。
それを見ると、故郷カリエルの遅い春が思い出されてしまう。
ほら、今、王室広報を配りにやってきた王立魔術アカデミーにも、一群の木々が植えられている。
見事に満開、真っ白だ。
こんなのを見ると、妹が家のそばの古木を“雪の女王”とか呼んでいたなあ、とか思い出されて。
ここの木は、さしずめ“雪の王女”たちか、とか、
柄にもないやったらロマンチックな思いつきが浮かんできて。
分かってるんだよ、そんな柄じゃないって。
*昼*
ひらひら、ひらひら。白い花びらが羽のように舞い落ちる。
それを幼い子どもたちが、歓声を上げながら追いかける。
うららかに晴れた春の日。
花も見頃ということで、今日のお昼は教会の庭でお弁当を広げることになった。
食事の用意が出来ましたよ〜、と呼ぶと、きゃあきゃあ言いながら子どもたちが集まってきた。
食事の祈りは、当番の子どもたちが唱える。
「天にまします我らが女神よ」
「今日も我らに糧を与えたもうことを感謝します」
「それと、素敵なお花を咲かせてくれたことにも感謝します」
最後の子の言葉に、シスターのひとりがクスリと笑った。
笑いの輪はあっという間に広がり、
今日に限っては、日頃冗談の通じない性格のシスターも、一緒に微笑んでいた。
*午後*
白い花の咲く木が、そこここで花を付けはじめた。
また春が巡ってくる。
思い出すは、まだ幼かったあの日に見た、古木の最期の晴れ舞台。
郊外にぽつんと生えた大きな木が、その命の尽きる前に見せた満開の花。
その見事さに感動した先生は、アカデミーの敷地に、木を植えた。
同じ種類の木は手に入らなかったので、よく似た花をつける木だったけれど。
春、綿に包まれたような木々を見ると、先生を、そしてアカデミーを思い出してしまう。
ヘルミーナはもう分かっていた。
たとえ先生がいなくとも、あの、自分たちで建てたアカデミーこそが、
自分にとって唯一故郷と呼べるものだということを。
*夜*
上を見ても白。横を向いても白。下も、全面ではないが白。
ナタリエは今、雲の中のような白い空間に包まれている。
白い花に覆われた天蓋(てんがい)は、春のこの時期ならではのもの。
「...くしゅん」
くしゃみと共に、はらはらと花びらが落ちていく。
ちょっと、寝るには寒いかなあ。
一度やってみたかったんだけどな、満開の花が咲いた木の上で寝るの。
ひとり苦笑いしながら、ナタリエはもたれていた木の幹から身を起こした。
やっぱり、今日も教会で寝かせてもらうか。