*聖誕劇*
劇の台詞を練習している、孤児院のこどもたち。
「乙女よ、そなたは神に選ばれました。そなたはやがて救い主を産むでしょう」
「わたくしにはそのような大役、おそれ多うございます」
「案ずるでない、乙女よ。そなたには神の祝福がついています」
「はい、そこまで。みなさん、休憩にしましょう」
ミルカッセが微笑みをたたえながら、ぽんぽんと手を打った。
シスターたちがお茶の用意を持ってくる。
「さっきみなさんに手伝っていただいて作ったケーキが、焼けましたよ」
いっせいに歓声をあげ、次々にテーブルに集うこどもたち。
ケーキにかぶりつくこどもたちを愛しそうに眺め、シスターが言った。
「もうすぐ聖誕祭なのね。そしてまた新しい年がくる」
ミルカッセは手を合わせ、言った。
「新しい年が、この子たちにとって幸いなものでありますように」
*パーティー*
アイゼル・ワイマールは、両親に連れられて、マクスハイム家のパーティーに参加していた。
ザールブルグで1,2を争う名家のパーティーだけあって、華麗な室内装飾、典雅な室内楽、豪華な料理、至福の銘酒を存分に楽しめる。
しかし、アイゼルの想いは、下町の小さな酒場に飛んでいた。
そこでは今頃、店主が馴染みの客たちに特別に秘蔵の酒を振る舞い、看板娘の心づくしの手料理に皆が舌鼓を打っていることだろう。少々不格好な、手作りの飾り付けが店内を装い、いつもの楽団がレパートリーからこの日にふさわしい曲を披露する...。
このパーティーと比べ、酒場のそれは、はっきり言って粗末には違いない。
でもアイゼルは、そこにある暖かさを知ってしまった。
その暖かさの中心に輝いているであろう、友の笑顔を思い浮かべると、マクスハイム家のパーティーも色あせて見えてしまう。
「せっかく誘ってもらったのに...」
アイゼルの密やかなため息は、喧噪(けんそう)の中に溶けていった。
*プレゼント*
年の瀬も押し迫ったある日、ハレッシュ・スレイマンは、珍しく鏡とにらめっこしていた。
普段は洗いっぱなしの短い髪を、ばか丁寧に櫛(くし)でなでつける。
ひげも念入りに剃る。カミソリで顔に傷を付けずにすんだことに安堵する。
そしてふと、着るものに疑問をいだく。
やはり今日は、よそ行きの一張羅を着たほうがいいか。
...いや。それは皆に笑われる。絶対笑われる。服そのものが変なわけではないが、所詮酒場の宴会には、場違いだ。
いつもの鎧に、こないだ新調したマントを合わせよう。そうだ、それがいい。
普段の自分からはあり得ないほどに慎重に身支度を整え、指さし確認までしてから、テーブルの上に置いた小さな包みをおもむろに手に取る。
半年分の貯金をつぎ込んで用意した、プレゼント。
「フレアさん...どんな顔するかな」
ありったけの想いを込めて選んだ、首飾り。指輪を贈る勇気は、ハレッシュにはまだない。
受け取ってもらえるだろうか。喜んでくれるだろうか。
...そもそも、これをフレアさんに手渡すチャンスがあるだろうか。
浮かんできた、怖い親父さんの顔を頭から振り払い、ハレッシュは飛翔亭のパーティーへ出かけていった。
*クリスマスツリー*
マリーのアトリエを訪れたクライスは、室内の光景に度肝を抜かれた。
「な、何なんですかこれは」
そこには人の背丈ほどもある常緑樹の大きな鉢植えが、どでーんと鎮座ましましていた。
しかも、その木にはごてごてといろいろなものがぶら下げられている。針金で作った星や球体、人形、ロウソク、綿、まあこのへんは普通 としても、天空の護符に常若のリンゴ、精霊の光球にコメート(!)、さらにはフラムまでぶら下がっている。
「何って、クリスマスツリー。知らないの?」
またひとつ、フラムをぶら下げながら、工房の主マリーは言った。
「クリスマスツリーくらい知っていますよ。私が疑問を呈したのは、その奇妙奇天烈な飾り付けです」
「そうよね。やっぱりフラムはまずいわ。これじゃロウソクに火がつけられないもの、怖くて」
ひょっこり木の裏側から現れたシアが加勢した。しかし。
「(そこか? そこだけですか問題は?)」
もっとこう、トータルイメージというものがあるだろうにと、頭を抱えるクライスであった。
*ケーキ*
今日もドルニエは専用の書斎で読書を楽しんでいた。
「失礼します」
イングリドが、お茶の用意を持ってきた。
「ありがとう。おや、これはシュトーレンだね」
この地方で、冬至の頃に行われる聖誕祭の時に食べられるケーキだ。
「もうそんな時期か...今年も早かったな」
イングリドは「そうですね」と相づちを打ち、穏やかな笑みを浮かべている。
「シュトーレンと言えば、リリー先生も昔、冬になるとこれを作ってくれましたね」
イングリドは懐かしさをにじませた表情で、虚空を見上げた。イングリドの姉弟子で、ドルニエに並ぶ第二の師匠とも言えるリリーは、この地に住んで最初に迎えた年末に、どこからかこのお菓子の作り方を習ってきて作ってくれた。
「そうだな。最初は残念ながら失敗しておったが、次からは本当に美味いシュトーレンを作ってくれて、皆で仲良く食べたものだ」
「仲良く...ね」
イングリドは苦笑する。そのころ何かにつけて喧嘩ばかりしていたヘルミーナは、今頃どこをほっつき歩いているのやら。
いま顔を合わせても絶対に喧嘩になってしまう自信?があるが、それでも...
あの頃のようにリリー先生やヘルミーナも一緒に、このシュトーレンを食べられたらと思う、イングリドであった。