「はあ...見当違いか...」
工房の片づけをしながらふと、エリーは呟いた。先日無事にアカデミーを卒業し、借りていた工房を引き払うことになったのである。
いや、厳密には「無事に卒業した」とは言い切れない。
エリーは優秀な成績を収め、マイスタークラスへ進学さえしたのだが、いつの間にやらザールブルグ最強の騎士エンデルクをも倒すほどの戦闘能力を身につけてしまい、街の評判ではすっかり戦士扱いになってしまったのだ。先ほどのエリーの言葉は、担任のイングリド先生がそんな彼女の「成長ぶり」を嘆いて言った言葉である。
こんこん、と扉が叩かれた。エリーは顔を工房の入口に向けて言った。「はい、開いてます〜」
「こんにちは」
入ってきたのは、アイゼルだった。エリーの同級生で、一番の親友だ。かつては、もうひとりの同級生であるノルディスを挟んで対立したような状態になったこともあったが、今では笑い話である。
「あ、アイゼル。もう片づけは終わったの? 早いねえ」
「私は普段からきちんと整頓していたもの。退寮の準備ならあっという間に終わったわよ。やっぱりこちらはまだまだのようね。だから、前もって準備しておきなさいと言ってたのに」
きついことを言いながらもアイゼルは、早速エリーの手伝いを始めた。「やっぱり私がいないとダメね」とか呟いているけれど、結構楽しそうだ。エリーは、こういう彼女の親切にはいちいちお礼を言わないことにしている。言うと照れて怒り出すからだ。
エリーが言った。
「ねえ、アイゼル。わたしね、先生に怒られちゃったよ。「まるで冒険者のようになってしまって、マイスターランクでいったい何を学んでいたの?」って」
「怒られるだけならまだいいじゃない。私なんて、ヘルミーナ先生に助手にならないかって誘われたんだけど、「これだけ丈夫な身体なら、いろいろと実験のしがいがあるわね...うふふ」とか言うのよ。何をされるか分からないから、もちろん断ったけど」
アイゼルはそう答えて、大きなため息をついた。
「それにしてもこの筋肉。ノルディスなんて、もう私のことを「男より男らしい」とか言ってるのよ。信じられないわ」
エリーもため息をつく。
「ひどいよね。ダグラスも、わたしに武闘大会で負けてからはすっかり態度が変わっちゃって、ことあるごとにいじけるからもう、喧嘩ばかり。こないだなんて彼、「お前にゃ嫁のもらい手がない」なんて言い切ったんだよ」
「男って、情けないわよねえ」
「うん」
そして二人は顔を見合わせ、再びため息をついた。
「でも、実際、もう誰も私たちのことを「か弱い女の子」と思ってないじゃない? ダグラスじゃないけど、本当にお嫁のもらい手なんてないと思うわ...。エリー、あなたのせいよ」
「うぅ、やっぱり?」
アイゼルの言葉は正しい。エリーに誘われるまま何度も冒険に出るうちに、彼女もまた、すっかり逞しい体つきになってしまったのである。二人とも、女性らしい体の線は残っているものの、その辺の戦士以上にしっかりと筋肉がついていることは誰の目にも明らかなのだ。
「だから、あなたには責任を取ってもらいたいの...」
アイゼルはエリーと向き合っていたのだが、ついと身を乗り出した。顔が近づき、彼女の大きな瞳がきらめくのがよく見えた。
「え? 責任って...。ええっ!? ちょっと、ああアイゼル、わたしたち女同士だよ? わたし、そういう趣味はないし、ううっ、だから、その...」
エリーはうろたえ、早口でまくし立てた。
アイゼルは苦笑した。
「何を勘違いしているのよ。だからね、このままこの街にいても仕方ないし、折角こんなに強くなったんだから、二人で気ままに旅でもすればどうかなって思ってるのよ」
「ああ、そうか。旅、ね。あはは、ちょっと変なことを考えちゃったよ...」
汗も出ていないのに顔を拭うエリー。まだ声がうわずっている。
「あなた、どうせまだ、これから何をするかは決めてないんでしょう?」
「うん、そうだけど...。あっ、でも旅に出るなんて、わたしはともかく、アイゼルの場合、お父さんやお母さんが許してくれるかなぁ?」
少し落ち着いてきたエリーが指摘した。アイゼルの家は名門貴族なのだ。しかしアイゼルは首を振った。
「親ならとっくの昔に、私のことはあきらめてるわ。これだけ評判になったら、普通にお見合いして結婚させるなんてもう無理だもの。ま、もともと親の決める結婚なんて、するつもりはなかったけれどね」
「そっか...それなら...」
エリーは考え込んだ。アイゼルは期待のこもったまなざしを向ける。
「...二人旅、しようか。ちょっと大変かもしれないけど」
「ええ。決まりね。大丈夫、二人一緒なら何とかなるわ、きっと」
数日後、二人の女性がザールブルグの街から旅立った。
彼女たちは、北で怪物が村を脅かしていると聞けば行って叩きのめし、南で伝染病が猛威を振るっていると聞けば行ってたちどころに治してしまうという具合に、各地で活躍し、各地の歴史や伝承にその名を残した。そう、エリーの命の恩人、マルローネのように...。
-Fin-
*あとがき*
以前「ザールブルグ図書館」に投稿したお話で、「エリーのアトリエ」架空のエンディングものです。「マリーのアトリエ プラス」にあった「伝説の二人」エンディングのエリー版。
本当にこんなエンディングがあればよかったのに。