(1)
それは夏も終わりに近づいたある日。
自他ともに認めるシグザール王国最強の男・エンデルク・ヤードは、今日も城の警備にいそしんでいた。
私がいる限り、悪党も化け物もこのザールブルグに手は出せまい...と、自信と誇りに満ちあふれて廊下を歩いていると、突然部下の騎士に呼び止められた。
「隊長、あなた様に面会を望む者が参っております」
「私にか? どのような者だ。男か、女か?」
「若い女性です」
「帰っていただきたまえ。...握手をしたいだの、髪や手形が欲しいだのといった要求にはいちいちつきあっていられないのでな」
「いえ、それが、そういった"追っかけ"とは様子が違うようで。通行許可証を持っている、マルローネだと言えばわかるから会わせて欲しいと申しております。確かに、本物の通行許可証を持っております」
「...あの娘か。わかった。あとで行くと伝えよ」
娘――マルローネは、エンデルクと対面すると、こう切り出した。
「エンデルクさん。王国最強の剣の腕を持つと評判のあなたに、お願いしたいことがあるんです。あたしたちに2週間ほど付き合っていただけないでしょうか?」
エンデルクは、面倒くさそうに答えた。
「それは私に護衛を頼みたいということか? ...勘違いしてもらっては困るが、私は、君が王太子殿下の知り合いゆえ、門前払いするのも王太子殿下に対して失礼になると思って面会しただけだ。基本的に、君に付き合っていられるほど私は暇ではないのだよ」
マルローネは引き下がらなかった。
「行き先はヴィラント山で、目的は竜を倒しに行くことだ、と言っても無理でしょうか?」
これを聞いたとき、エンデルクの眼が鷹のように鋭くきらめいた。
「ヴィラント山の火竜を? ...なぜ君のような若い娘が竜退治などをしようとする?」
「竜の舌が、実験のために必要なんです。...それに牙も」
エンデルクはしばらく考え込み、やがて、ひとつうなずいた。
「...いいだろう。そういうことなら、特別に個人的に同行してやろう。ただし、休暇を申請せねばならぬから今すぐと言うわけにはいかぬが」
「ありがとうございます!」
訪問者が帰っていくと、エンデルクは笑みをもらした。
近い未来に、私の武勲に、新たな一章が加えられるに違いない...!!
(2)
自他ともに認めるシグザール王国最強の男・エンデルク・ヤードは、錬金術士(のタマゴ)マルローネと、元騎士ハレッシュ・スレイマンとともにザールブルグ郊外の原野を歩いていた。
ハレッシュは、今は冒険者として賃仕事で小銭を稼いでいるが、元々は王国の騎士で、エンデルクを崇拝していた。よって、竜退治に同行できるとあってすっかり舞い上がっているようだった。
エンデルクも、崇拝を受けるのは悪い気がしなかったので、ハレッシュの話に適当に付き合っており、道中は非常になごやかだった。
エンデルクは、マルローネに訊ねた。
「いくら私がついているといっても、相手は凶暴な火竜だ。君たちをかばいながら戦うのは、できぬとは言わぬまでも少々苦しい。何か策でもあるのか?」
マルローネは、奇妙な石版を出した。
「この石版には、時間を止める魔力が込められているんです。これを竜に使えば、動きを止めることができるんです。動きが止まっている間に袋叩きにしちゃえば何とかなるでしょう?」
「そういうだまし討ちみたいな策は好かぬが、この際いたしかたあるまいな」
エンデルクは唇を軽くゆがめた。マルローネはそんなエンデルクにかまわず話を続けた。
「もちろんこれだけじゃなくて、強力な爆弾もありますし、怪我を治す薬も用意してますよ」
ハレッシュもつけ加えた。
「この石の首飾りみたいなのを使えば、火竜の炎に対する防御力が少しは上がりますしね。まあ、こう見えてもマリーはかなり丈夫だから心配はいらないですよ。それに、なんといってもエンデルク様がいらっしゃるのですから、恐いものなどありませんよ!!」
エンデルクは、ハレッシュに笑いかけてやった。しかしその顔が急に厳しくなった。
「何? どうしたの?」
小声で尋ねるマルローネに、ハレッシュがそっと答えた。
「魔物だ」
それから少し経った後、首尾よく魔物を倒したエンデルクはこう考えていた。
確かに、この二人はたのもしい助っ人だ。私の武勇伝に華を添えるに十分だ。それは今までの道中に出会った化け物との戦いで証明されている。
山を登り、火竜フランプファイルと対決する日が待ち遠しい...!!
(3)
自他ともに認めるシグザール王国最強の男・エンデルク・ヤードは、燃えていた。
目の前には毒々しい赤色の、小山のような大きさの怪物、火竜フラン・プファイルがその姿を現していた。
「おまえが街で噂の火竜フラン・プファイルか。おまえに恨みはないが...行くぞ!!」
気合い一閃、エンデルクは駆け寄りざま竜の足に切りつけた。竜は咆吼(ほうこう)をあげ、ばかでかい口をいっぱいに開いた。
喉の奧に炎のきらめきが踊った! 炎が来る!! エンデルクは身構えた。
しかし予想された炎の洗礼はやってこなかった。
「時の石版が効いたわ! エンデルクさん、ハレッシュさん、今のうちよ!」
マルローネの言葉が終わらないうちから、エンデルクは攻撃を再開した。ハレッシュは、時の石版の効果が切れたときのために、天空の護符の魔力を解放させて、それから加勢した。
エンデルクは今、かつてないほどの力が身体中に満ちるのを感じながら愛剣を振るっていた。剣の軌跡からは星が生まれ、それが火竜の身体にぶつかると肉を深くえぐり、骨を砕いた。
相手が動けないということが少々気にはなっていたが、何せ相手は脅威的な能力を持つ化け物であるという事実と、眼の前にぶら下がったドラゴン・スレイヤーの名誉が、そのようなちょっとした迷いを完全に押しのけてしまった。
やがて時の石版の魔力が切れ、フラン・プファイルは動き出した。炎を吐き、鈎爪を振るい、牙を立てた。
しかし戦士二人の、特にエンデルクの休みない猛攻に耐えきれず、ついにその巨体を大地に横たえ、動かなくなった。
エンデルクが攻撃の手を止めたのはわずか2回だけであった。...1回はマルローネが爆弾を投げるために戦士たちを後退させたとき。あと1回は、傷薬を無理矢理使わされたときであった。
マルローネとハレッシュが竜の頭にとりついて戦利品を回収するのを、エンデルクは悠然と眺めていた。
ハレッシュは竜の牙を手に、これで約束が守れるとか言っていた。
約束? 何の話だろう? まあ彼も今は冒険者だ。生活のために魔物を倒し、証拠品を持ち帰ることもあるのだろう。
しかし私には何もいらぬ。素晴らしい武勲を立てたという事実こそが、誇り高き騎士の唯一求めるものなのだから...!!
(4)
それは秋の涼しい風が人々の頬をなでているある日。
自他ともに認めるシグザール王国最強の男・エンデルク・ヤードは、再び城の警備にいそしんでいた。
私がいる限り、悪党も化け物もこのザールブルグに手は出せまい...と、自信と誇りに満ちあふれて廊下を歩いていると、部下の騎士に呼び止められた。
「隊長、またあなた様に面会を望む者が参っておりました」
「私にか? どのような者だ。男か、女か?」
「若い女性です」
「先日の女性か? あの、アカデミーの学生の」
「いえ、ただの追っかけのようでしたので、丁重に帰っていただきました」
「...そうか。ご苦労」
エンデルクがヴィラント山の火竜を倒したという話は、瞬く間に城下に広まっていた。前にもまして、男たちはエンデルクの脅威的な強さをうらやみ、女たちは英雄の美々しい姿を一目なりとも見たいと切望するのであった。
よって、城までやってくる追っかけの数も増えてきていた。
「この様子では当分、街は歩けぬな。...フッ」
エンデルクはひとりごちた。その顔がついほころんでしまうのを、彼は抑えることが出来なかった。
エンデルクは知らなかった。マルローネとハレッシュが、意図的にエンデルクの武勇をふれ回っていることを。
そして「これこそが、あの人にとって一番の報酬なのよ」と、マルローネがハレッシュに語ったことを。
だから、エンデルクはただ、こう考えていた。
――確かに私は今や栄誉あるドラゴン・スレイヤーだ。しかしそこで満足してはならぬ 。シグザール王国最強の男たる者は、常に前進せねばならぬ。
年末の武闘大会に向けて、もうそろそろ調整を始めなくてはな...!!
-Fin-
*あとがき*
そうです、エンデルク様は、まんまとマリーの手のひらで踊らされたわけです(笑)。にしても、マリーからの「報酬」の内容が、ウィットに富んでますね。自画自賛。
あ、ちなみに、ハレッシュさんは元上司のエンデルク様を尊敬しているだけで、変なシュミはありません(汗)。